第14話 危険な戦いと新魔法

(来た……!)


 気配を感じると同時に、『ゴプロ君』を〝生配信〟モードに変える。

 その瞬間を待っていたかのように、そいつはのそりと姿を現した。


 予想通りだが、外れてほしい予想だった。

 さらに言うと、相手に関しては完全に予想外だった。


 現れた魔獣は、熊に似た大きな体躯と、それを支える筋肉質な四肢を持つ生き物で、前足のかぎ爪は大型ナイフのように鋭く、皮鎧程度ならすぱりと斬り落としそうなほどに発達していた。

 頭部はまるで馬のようだが、その口からは乱杭にぎらつく牙がこぼれており、草食ではないことを雄弁に物語っている。


「グルルル……ッ」


 背の中ほどまである黒く長いたてがみを震わせながら、そいつはヤギのように横に裂けた瞳でこちらを見据えた。

 注意深く、隙を窺っているのだ。それができるほどに、頭がいいということでもある。


「ザルナグだ……!」


 まさに魔獣の中の魔獣。

 こんな都市の近くで野生のザルナグと遭遇するなど、「まさか」を通り越して「あり得ない」というのが俺の印象だ。

 せいぜい、梟熊アウルベア殺人豹マーダーパンサーだろう程度に考えていたのに、これはまずい。

 討伐依頼としてギルドに張り出されるなら、その難易度はBランク相当。

 俺達『クローバー』では、完全に力不足だ。


「ユーク、コイツは?」

「ザルナグだ! 本来は北の荒野とか、ダンジョンの深層で遭遇するようなヤツで、はっきり言ってかなり強い! 俺たちじゃ歯が立たんかもしれんぞ」


 俺もザルナグと戦ったのは、たったの二回。

 『サンダーパイク』時代に、ダンジョンの奥深くで遭遇したことがあるだけだ。

 Aランク三人を含む五人パーティでそれなりに苦戦したのに、駆け出しのパーティにはどうあっても荷が重すぎる。


「いいか? 俺がコイツを足止めするから、即時撤退するんだ。状況は〝配信〟でギルドに伝わっているはず……緊急討伐依頼を出してもらえ!」

「先生はどうするんです!?」

「足止めすると言った! シルク、ここから先は君がリーダー代理だ。メンバーの安全を一番に考えて行動するんだ!」


 小剣を抜き、ザルナグと相対して睨みつける。

 おそらく、どこかで冒険者と交戦して反撃を受けたのだろう。

 俺達に対して、やや警戒した様子を見せている。


 逆を言えば、各個撃破が有効だという事を理解しているということだ。

 そこに付け入るには、この中で最も戦闘経験がある俺が一人で残るというのがベターな選択と言える。


「そんなの……やだ」


 赤髪をなびかせて、マリナが俺の隣に立つ。


「おい、マリナ……!」

「足止めはできるんでしょ? その間に首を落とせば勝ちじゃない。あたし、そういうの得意なんだ!」


 バスタードソードを背中から抜いて、両手で構えるマリナ。

 その後ろでは、シルクとレインが魔法の構築に取り掛かっていた。


「一番、強力デカいので、る……!」

「森の中なら、わたくしも足止めできます。先生、仕留めましょう」


 どいつもこいつも話を聞かない!

 ケガじゃすまないんだぞ!


「お前らな! 危ないんだぞ! アレは!」

「それは、ユークも一緒でしょ」


 息を大きく吐き出して、マリナがチリチリとした殺気を放つのがわかった。

 さすが魔剣士と褒めてやりたいほどの集中力だが、できれば逃げてほしい。


 ……そうするにも、時間切れのようだが。


「グルルルッ!!」

「くッ!」


 沈み込んだザルナグが高速で大きく跳躍する。

 それに反応して俺の前に出たマリナが、体をねじる様に長剣を横薙ぎにして、それを迎え撃つ……が、体重差もさることながら、膂力の差が大きすぎた。

 直撃は避けたようだが、マリナは弾き飛ばされてバランスを崩す。


「くぅっ!」

「マリナ!」


 追撃するべく魔獣がその鼻先をマリナに向ける。

 しかし、その直後ツタのような植物がその足元から伸びて、魔獣の動きを阻害した。


木の精霊ドライアドに助力を乞いました!」


 次々と巻き付く蔦を引きちぎりながら、ザルナグが強引に距離を詰めてくる。

 だが、その短い拘束時間は俺にとって十分な隙となった。


「Rozaj folioj, hurlantaj nigraj hundoj, la maro glutanta la sunsubiron, blanka miksaĵo kun nigro, stagno kun helaj koloroj!」


 指を振りながら詠唱し、魔法式を構築していく。

 こればっかりは、赤魔道士の俺でもさすがに詠唱が必要だ。

 そういう風にできている……いや、そういう風にしかできなかった。


 あんまり配信では見せたくない奥の手だが、この状況にあっては四の五の言ってられまい。


「──〈歪光彩の矢プリズミック・ミサイル〉!」


 俺の指先から放たれた七色に輝く光弾が、矢のように飛翔してザルナグを撃つ。


 貫通もしなければ、爆発もしない。衝撃すら発しない。ただ、吸い込まれるようにして消えたそれの効果は、すぐに出現した。

 今まさにマリナに襲い掛かろうとしていたザルナグが、そのまま速度をゆっくりと落とし、やがて歩くようにして、その場に止まる。


「ど、どうなったの……!?」


 身構えていたマリナが、驚いた顔をしている。

 おそらく、この場でザルナグに何が起こったか把握しているのは、術者の俺だけだ。

 そして、この好機を逃すわけにはいかない。


「レイン!」

「ん!」


 俺の合図に呼応して、レインが錫杖を振り下ろす。

 それに合わせて、晴天の空がにわかに曇り……直後、紫電が天よりザルナグにほとばしった。

 轟音と衝撃を響かせながら、雷撃が魔獣を撃つ。


「ガァアアァァァッ!」


 ザルナグが咆哮をあげる。

 俺の〈歪光彩の矢プリズミック・ミサイル〉とレインの雷撃魔法を受けてなお、命を絶つには至らないのか……!

 とんでもなくタフだな。

 だが、今なら行ける……!


「行けよ、マリナ! 首を叩き落せ!」


 マリナのバスタードソードに〈必殺剣クリティカル・ウェポン〉を付与する。

 たった一撃きりだが、聖剣のごとき威力を持たせることができる、俺が使える付与魔法の中でも最高ランクの魔法だ。


「まっかせて……ッ!」


 言うが早いか、『魔剣化』も剣に乗せて飛び出し、流れるように一閃するマリナ。

 まるで、美しい舞のような一太刀が鋭い風切り音と共に振り切られる。


 次の瞬間、宙を舞った凶暴な馬づらの首が地面にとさりと、落ちた。

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