第15話 彼女らの言い分と泉の野営地

「やった……!」


 マリナが、返り血を浴びながらペタンと座り込む。

 首を失ったザルナグがどさりと地面に倒れ込むのを確認して、俺も息を吐きだした。

 後ろの二人も緊張を解いているようだ。


「討伐完了。ご視聴ありがとうございました! ……『配信終了』」


 ……かなり危ない戦いだった。

 駆け出しにやらせるべきではない、戦闘だった。

 この配信……マリナ達にとっては追い風になったかもしれないが、俺にとっては失敗の証拠映像だ。


犠牲者が出なかったのは偶然によるもので、ザルナグの最初の一撃でマリナが命を落としていた可能性だってあった。


「お疲れ様。……三人とも、後でお説教だからな」

「え、ひどい!」


 マリナが座ったまま俺に振り向く。

 ザルナグの返り血で顔も髪もドロドロだが、目立ったケガはしていないようだ。

 元気な様子にほっとしつつも、この能天気な娘にどう説教をしたものかと頭を悩ませてしまう。


「わかた。でも、ボクも、ユークに説教、する……!」

「なんでそうなる……」

「だって、死ぬつもり、だったでしょ?」


 ギクリとして固まる俺を、レインがじっと見つめる。


「わたくしも、先ほどの指示には一言ひとこと言いたいことがあります」

「あたしも!」


 おっと、三対一だ。

 これは劣勢というか、割に合わん気がしてきたぞ。

 確かに、経験の浅い三人にはいかに危険な状況だったかわからないだろうし、俺のとった行動も完全に割り切れるものではなかったのだろう。

 結果的に勝てたとはいえ、かなり運に任せた戦闘だったということは説明しておかなくてはなるまい。

 あの時、〈歪光彩の矢プリズミック・ミサイル〉が有効に作用したからよかったものの、あれを抵抗レジストされていたらと思うとぞっとする。


「……折衷案だ。四人で反省会にしよう」

「そうですね。そうしましょう」


 俺の提案にシルクが笑顔を見せ、マリナとレインも頷いた。

 それにほっとしながら、首のなくなったザルナグを頭と一緒に魔法の鞄マジックバッグに収納しておく。

 雷撃に焼かれたとはいえ、状態は悪くない。ギルドで売り払えば、それなりの金になるだろう。


「うえぇ……気持ち悪っ」

「真正面から思いっきり浴びてたもんな……」


 返り血が固まり始めたマリナが眉尻を落とす。

 冒険者ともなればこういう場面は多々あるが、年頃の娘に気にするなというのも酷な話だ。

 それにザルナグの血は成分的にあまりいいものではない。

 さっさと洗い流してしまったほうがいいだろう。


「川で洗い流してもいいが、向こうにちょっとした泉があるんだ。そこで休憩にしよう」


 魔獣の討伐は成した。

 日数的にも余裕はあるし、少しばかりゆっくりとしても罰は当たるまい。

 それに、その泉は当初から予定していた野営地の一つでもある。


 今日はそこで休んでしまってもいいかもしれない。

 魔獣はもう居ないのだから、ここから後は気楽なDランクの依頼と同じだ。


「そうしましょう。精霊との対話に少し神経を使ったのでヘトヘトです」

「ボクも。魔力すっからかん……」


 ヘタる三人に〈魔力継続回復リフレッシュ・マナ〉を付与しておく。


 特に、レインの使った魔法〈雷撃サンダーボルト〉は第五階梯魔法だ。

 未熟な魔法使いが使えば、頭が沸騰して目を回しても仕方ないレベルの大魔法……レインが完全にコントロールしていることにはかなり驚いたが、実際のところ消耗はかなり激しいだろう。

 レイン一人見ても、今日はもう休んだ方がいいと言える。


「こっちだ。ゆっくりでいいからついてきてくれ」


 疲労した三人の歩調に合わせて、目的の泉に向かう。

 治癒の魔法薬ヒーリングポーションの素材採取のために俺がよく訪れる場所で、比較的安全に野営できることは確認済みだ。

 魔獣ザルナグに遭遇しなかった場合も、ここを野営地にしようと考えていた。


 しばし歩くと、視界が急に開ける。

 小さなせせらぎの音が心地よい我らが野営地に到着だ。


「わぁ、綺麗……!」


 マリナが驚いた様子で目を輝かせる。

 その様子に、俺は少し懐かしい気持ちになった。

 俺も最初に訪れた時はこの光景に驚いたのだ。


 森の中にぽっかりと開けたような場所にあって、泉の中央には小島のような平たい岩。

 水深は一番深いところでも俺の肩くらいまでしかなく、澄んだ水は飲むこともできる。


「少ししたら日も暮れるし、今日はここで野営しよう」

「そうですね。魔獣の件は片付きましたし、あとは『ヨームン滝』に行くだけですからね」

「ああ。疲労した状態で夜の森を歩く方が怖いからな」


 魔獣を討ったとはいえ、森には危険な動物や魔物モンスターだってまだまだいる。

 それを疲労したまま強行軍するなんてことは、できればやめておきたい。


「野営の準備は任せてゆっくりしててくれ。マリナは返り血を洗ってこい」

「はーい」


 駆けだすマリナの背中を見送って、魔法の鞄の中から野営用のタープと寝袋を引っ張り出す。

 テントでもよかったのだが、テントだと何かあったときに初動が遅れがちだし、焚火の熱が遮断されてしまうからな。


「ひゃっほーい」


 マリナが泉に飛び込んだらしい派手な水音を背後に聞きながら、俺は野営の準備を淡々と進めた。

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