第13話 オルダン湖畔森林と魔獣の気配
──オルダン湖畔森林。
フィニスから歩いて約一日、馬車なら半日ほどの場所にある比較的大きな森林地帯だ。
森の中央部にはオルダン湖と呼ばれる湖があり、その水源となっているのが、上流に存在する『ヨームン滝』である。
ヨームン滝の水は、その直近にあるかなり古いダンジョンからの湧水によって発生しており、ダンジョンの奥には永遠に水を吐き出す
さて……その噂はともかく、この湧水に良質な魔力が含まれているのは確かで、錬金術師である俺もここにはときどき足を運んでいた。
水そのものが錬金術の素材であるし、今回依頼されている丸石、周辺に自生する魔力を帯びた薬草……どれも、フィニスの生活に重要なものだ。
今回は
依頼主にとっては、まさにCランク相当の価値がある依頼ということだ。
……十中八九、依頼者は冒険者ギルドだと思うが。
依頼の段階では、トラブルを防止するために依頼者を明かさないという事はままある。
仲介する冒険者ギルドが把握さえしていれば、それで問題ないからだ。
迂闊に『誰が、何を欲している』という情報が冒険者から流れれば依頼者の不利益になることもあるし、報酬について荒っぽい
故に、多くの依頼票には依頼者の名前が記載されていない。
だが、ある程度フィニスで冒険者を長くやっていれば、だいたい依頼者の想像はつくものだ。
この依頼は採取依頼の皮を被った調査依頼で、危険が付きまとう討伐依頼でもあると考えられる。
……つまり、それを加味したCランク依頼だ。
普段、Dランクの依頼がCランクで出回ってくるというのは、そういうことを疑わねばならない。
「……ってことだ。だから、ここから先は気を引き締めてくれよ」
「なるほどです。でも、他にわたくし達のような駆け出しがこれを受けていたら危なかったのでは?」
「多分、それがあるから俺に直接渡したんだと思う。ママルさんはそういうところ抜け目ないからな」
長く冒険者をしていれば、あの若々しいハーフエルフの受付嬢の性格がわかってくる。
あれは笑顔で無理難題を放り投げてくる、鬼の類だ。
しかも、ちゃんと相手を見て投げてくるもんだから始末が悪い。
ただ、経験に裏付けされた信頼に足るだけの目はある。
今回の事も、俺達になら解決できると踏んでのことに違いない。
「危険だと思ったらすぐに離脱だ、いいな?」
『ゴプロ君』を起動しながら、これから足を踏み入れる森を見やる。
思った通り、妙にひりついた感覚が漂っていて、動物の気配を全く感じない。
(……間違いなく、いるな)
俺の緊張が伝わったのか、マリナ達が落ち着かない様子で森を見る。
よし、それでいい。
緊張のしすぎもよくないが、今から行く場所をちゃんと危険と認識できているなら、サポートは俺がする。
「大丈夫だ。強化魔法をフルで付与してから入る。先頭はマリナ、殿は俺だ」
「ダンジョンの時と逆だね?」
「森の中に罠はないからな。それに獣ってのは基本的に背後から襲ってくるもんだ。〈
〈
これがあれば、少なくとも奇襲を受けても初撃は回避できる。
惜しむらくは、『赤魔道士』専用魔法な上に、自分にしか付与できないということだ。
「それでは先生が危険ではありませんか?」
「なに、これでもいい防具を装備している。そう簡単にやられやしないさ」
俺が纏うには些か派手なこの一揃いの赤い装束は、こう見えて魔法の防具だ。
『サンダーパイク』時代にダンジョン深部の
赤魔道士というのが不遇ジョブであるため、専用装備は安く取引されているのが不幸中の幸いだった。
「やっぱり、『
「お、よく知ってたな」
「うん。こんないい状態のは、見たことがない」
レインは俺の冒険装束についてもよく知っているようだ。
そう、まさにそれだ。
使用可能な状態の『
他の魔法の防具もだが、ダンジョン産出品の武具は使用できない状態で宝箱から出てくることも割と多いのだ。
まあ、それを使用可能な状態にするのが鍛冶屋や錬金術師の仕事なわけだが。
「えーっと、つまりユークにまかせてオーケーってこと?」
「ああ。そういうことだ。滝までのルートは頭に入ってるか?」
「馬車で教えてもらったルートだよね? 大丈夫、覚えてるよ!」
「よし、それじゃあ進もう。……『録画開始』」
『ゴプロ君』に命令を与えて、森の中へと踏み入っていく。
まるでダンジョンの中にいるような静けさの中、注意深く進むマリナ。
俺は俺で、全員に音を軽減する〈
本当は〈
川沿いの道をしばし上流へと遡っていく。
せせらぎの音が俺達の足音を掻き消すし、何より戦闘になってもそれなりに開けているから武器を振りやすい。
「このまま何もなければいい」と思う俺の気持ちとは裏腹に……そいつは、森の中から突如として姿を現した。
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