第6話 幸運の四枚目とユークの実力

 『ペインタル廃坑跡迷宮』第五階層のフロアボスは、『鋼鉄蟹スチールクラブ』と呼ばれる小型の馬車ほどもある巨大な蟹だ。

 その名の通り、鋼鉄製の甲羅を持つ難敵で、仕留めるには魔法の力が必須と言われている。

 駆け出しの冒険者にとっては、かなり危険な相手だ。


「さて、まずは俺一人で行く」

「え、大丈夫なの? ユーク」


 マリナが心配げな声を上げるが、俺はそれに頷いて応える。


「先輩冒険者として、そして新参者として少しばかり格好をつけさせてもらおうと思ってな」


 鞄から〝冒険配信〟の機材を取り出して、空に浮かべる。

 浮遊型自動撮影魔法道具アーティファクト、『ゴプロ君』だ。


「〝配信〟、するの?」

「いや、記録用だよ。あとでチェックを行ったりするのに、フロアボスとの戦闘は全部記録してるんだ」


 ふわふわと浮く『ゴプロ君』を、レインが興味深げに見ている。

 本当に魔法道具アーティファクトが好きなんだな。


「〝生配信〟しちゃおうよ!」

「ん? 別にいいけど……。何でだ?」

「面白そうだから!」


 正直でよろしい。


「じゃあ、パーティの配信として登録するか……。あれ、そういえば『パーティ』の名前を聞いてなかった」

「恥ずかしながら、まだないんです……。正式なパーティ登録もまだしてなくて」


 シルクが小さくなって、答える。

 何も落ち込まなくたっていいじゃないか。

 そういうパーティだって結構ある。


「じゃ、今決めちゃお!」

「何か案があるのか?」


 言い出しっぺのはずのマリナが、少しもじりとする。

 もしかして何も考えてなかったとかか……?

 そう考えていたら、小さな声で提案があった。


「──……『クローバー』。えっと、ユークが幸運の四枚目!」

「あら、マリナにしてはステキね」

「うん。いい、おもう」


 どうにも背中がむず痒くなる理由だが、三人が気に入ってるならいいだろう。


「よし、帰ったらギルドにパーティを登録しに行こう。んでもって、まずは……よし、設定した。『クローバー』の記念すべき生配信は俺のフロアボス戦か。……待てよ? いいのか、それで?」


 せっかくの初回配信なのに、新参者の俺がメインでいいんだろうか?

 もっと、四人で何かやっている画の方がよくないか?


「いいよ!」


 いいらしい。


「それじゃあ、やるとしますか」


 自己強化を盛りに盛って、フロアボスの間の扉を開く。

 円形闘技場のように整えられた大きな空洞の真ん中に、そいつは居た。

 こちらに気が付いて、鋏を打ち鳴らす鋼鉄蟹スチールクラブ


 この威嚇動作の間に、俺は指を振って魔法を連続で放っていく。


「<麻痺パラライズ>、<鈍遅スロウ>、<猛毒ベノム>、<綻びコラプス>、<目眩ましブラインドネス>……っと」


 近づいてくる鋼鉄蟹スチールクラブに対し、俺は続けざまに弱体魔法を速攻詠唱クイックキャストを活用して吹っ掛ける。


「すごい……!」


 扉前で見ていたレインの上げた小さな賞賛が、耳に届く。

 今まで評価されてこなかっただけに、こうして後輩に俺を見てもらうのは悪くない気分だ。


 <麻痺パラライズ>、<鈍遅スロウ>で動きが制限し、<猛毒ベノム>で弱らせる。

 攻撃しようにも、視界を封じられた鋼鉄蟹スチールクラブの大きな鋏は空をきるばかりだ。

 そして動けば動くほど、<猛毒ベノム>の毒が回っていく。


「……<重圧グラヴィティ>」


 すっかり弱ったところで、追加の弱体魔法を発動する。

 本来はかけた相手にかかる重力を倍加して動きを鈍らせる魔法だが……<猛毒ベノム>と<綻びコラプス>で弱体化した鋼鉄蟹スチールクラブにはこれが決定打となった。

 倍加した自重に脆くなった身体が耐え切れず、鋼鉄蟹スチールクラブは金属質な音をたてながら、地に臥すようにして動きを止める。


 作用していた弱体魔法が次々と解除された感覚が俺に届く。

 鋼鉄蟹スチールクラブを仕留めた証拠だ。

 死体に弱体魔法はかからないからな。


「討伐完了、っと。……ご視聴、お疲れさまでした! 『配信終了』っと」


 誰も見ていないであろう〝生配信〟を挨拶と同時に終了して、後ろにいる三人に笑って見せる。


「どうだった?」

「すっごい!」


 ダッシュしてきたマリナがいきなり抱き着いてきた。


「ぐッ」


 金属鎧をつけたマリナのダッシュハグはなかなか攻撃力が高い。

 どうせなら鎧をつけていない時にしてくれ。


「すごいよ! ユーク! こんな戦い方があるなんて知らなかった!」

「わたくしも、驚きました。まさか、弱体魔法だけでフロアボスを仕留めてしまうなんて……!」

「魔法、詠唱なしで、連続で使ってた……! あんなすごいの、ボク、見たことない」


 受け入れられたようで、ほっとした。

 『サンダーパイク』の時は、配信映えしないなんて言われて活躍する機会さえ与えてもらえなかったからな。


「ちょっとしたもんだろ?」

「すごい!」


 ご機嫌なマリナに苦笑しつつ、鋼鉄蟹スチールクラブの死体に近づく。

 なかなかのデカさだ。いい値段で売れるだろう。


「解体はギルドに任せるか」


 魔法の鞄マジックバッグ鋼鉄蟹スチールクラブの死体をまるごと収納して、三人を階段に促す。


「でも、いいんでしょうか……。ユークさんにおんぶに抱っこで……?」

「なら、次は四人でやってみよう。全部が全部、今みたいにうまくいくわけじゃないからな」

「はい。ユークさんがそうおっしゃるなら」


 シルクは少し真面目過ぎるきらいがあるが、よく考えている。

 ただ、慎重になりすぎて実力が発揮できていないのも確かだ。もう少し自信をつければ、もっといい冒険者になるはずだ。


「さて、階段を下りる前に、を開けてしまおうか」


 俺の示す先、鋼鉄蟹スチールクラブのいた場所に、宝箱チェストが、いつのまにか姿を現していた。

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