第108話 領主夫人像の建設ラッシュ

 城から帰ってきてからというもの、ナゼル様が以前にも増して過保護になった。

 長期にわたる王女殿下たちとの問題が解決した安心感や、ロビン様への嫉妬心など複雑な心境が絡み合っているようで、現在それらのはけ口が全部私に向いている。

 出会った頃には想像だにしなかったけれど、ナゼル様は意外と愛が重いタイプらしい。


「……ナゼル様、今日は砦でお仕事だったのでは?」


 毎日のように昼過ぎに職場から帰ってきて、リビングで私を膝に乗せて寛ぐ彼に、じっとりした視線を送ってみる。


「残りは屋敷でもできる内容だから大丈夫。愛する妻と毎日一緒にいたいと思うのは普通のことでしょう?」


 散々妻を構い倒しても仕事が完璧なのは、さすがナゼル様だ。ゆえに、何一つ反論できない。

 そして、やんわりと両手を拘束されているので逃げ出せないという。

 そういう意味では、ナゼル様は地味に厄介な旦那様だった。


「アニエス、今日は屋敷で変わった出来事はあった?」

「屋敷の外に、また私の像が造られているようなのですが」

「ああ、あれね。ワイバーンにまたがるアニエスの像も格好いいけど、芋を投げるアニエスの像も素敵だよね。でも、可愛いアニエスが大勢の目にさらされると思うと複雑だな。きっと、よこしまな思いを抱く男が……」

「そんな人はいません」

「どうかな。過去には水着のアニエス像が作られそうになったこともあるんだよ? 俺が阻止したけど。アニエスはスートレナの人気者だからね」


 ナゼル様と私の像を建てたい人々の間でなにやら攻防があったようだ。


「今度建つのは、『豊穣の領主婦人像』みたいだよ。巨大なヴィオラベリーを収穫するアニエスという設定みたい」

「なるほど。どうりで、大きな物体を作っていると思いました」

「他にも、『行き場のない人々を保護する領主婦人像』や『メイドに変装する領主婦人像』、あと『領主と領主婦人像』もあるね。俺とアニエスが仲良く見えるように、注文をつけに行こうかな」

「ナゼル様の高い能力を、そんなことに使わないでください」

「これは重大な仕事だよ」


 真面目な顔で答えるナゼル様。彼は時折、おかしなことを言い出す。

 

(それから……私の変装は町の人にしっかりバレていたのね)


 自分の中で完璧と思っていただけに、衝撃を受けてしまった。

 今度からメイド姿で買い物をしに行きづらい。せっかく今日もメイド服に着替えたのに。


「そろそろ部屋に戻ろうかな」


 そう言うと、私を抱き上げ移動し始めるナゼル様。


「わ、私もですか?」

「もちろん。アニエスがいなきゃ、やる気が出ないんだ」

「そんな馬鹿な!?」


 いろいろなしがらみから解放されたナゼル様は、以前よりも少し我が儘になったけれど、今までが可哀想な状況だったのでそれでいいと思う。


「嫌だった?」


 小首を傾げて見つめてくるナゼル様からは、壮絶な色気がだだ漏れている。


「い、嫌じゃないでしゅ!」


 なんだかんだ言って、私もナゼル様と一緒にいられるのは嬉しい。

 言葉を噛んでしまった妻に構わず、ナゼル様はご機嫌な表情で部屋を目指すのだった。



 ※



 それから数ヶ月経った頃、私の体に変化が現れた。

 それにいち早く気がついたナゼル様とケリーに捕獲され、近所のお医者さんを呼ばれたところ……なんと、赤ちゃんができたと告げられた。正真正銘、ナゼル様との子供です。


 二人は大喜びで、今までの生活に輪をかけ、過保護に私に接するようになってしまった。

 正直、私自身よりもナゼル様やケリーの喜びようがすごい。

 屋敷のメイドさんたちも、嬉々として産着を縫い始めたり、育児本を読み始めたりとやる気満々だ。


 私はというと、いつも通り自分にできることをやっている。

 今は、ナゼル様に屋敷の一室の改装許可をもらい、スートレナ領民のための学習の場を設けようと動いていた。

 ロビン様のせいで行き場をなくした令嬢を何人か屋敷で引き取ったのだけれど、貴族令嬢の教育を受けた彼女たちを持て余している感じがあるので、何かに生かせないかと考えたのだ。


(最近は、令嬢が増えすぎて……メイドの仕事も人が余り気味だし)


 教育の場には年齢や男女を問わず、スートレナ領民なら誰でも参加できる方式にしたい。


(参加者が多くなれば、教室用の部屋を増やしましょうか。とりあえず、まずは試してみないと)


 時刻は昼過ぎ。開け放たれた窓から穏やかな風が入ってくる。

 教室内を整えるためにせっせと動き回っていると、今日も今日とて、砦から帰ってきたナゼル様に捕獲されてしまった。


「アニエス、重い荷物は持っちゃ駄目でしょ。机なら俺が運ぶから……」

「腕を強化しているので大丈夫です」

「駄目なものは駄目。貸して」

「……ナゼル様、過保護すぎます」


 しかし、こういうときの彼は頑固で、結局空き部屋の片付けは、ほぼナゼル様が完了させてしまったのだった。


「ありがとうございます、ナゼル様」

「俺の我が儘だからね。余裕がなくてごめん」


 誰もいない部屋の中で、向かい合って椅子に座る。

 その勢いで身を乗り出したナゼル様にキスされて、ぼうっとしている隙にまた部屋から運ばれてしまった。行き先は庭のテラスみたいだ。


 庭では、魔獣のダンクが雑草を美味しそうに食べまくっていた。

 最近の彼女は恐ろしい食欲を発揮しており、庭の雑草は徐々に数を減らしている。


(きちんとご飯もあげているのだけれど……)


 夕方までまだ時間があり、小屋から出てきたジェニはテラスの前で居眠りをし始めた。

 穏やかな午後だ。


「ナゼル様、そろそろ下ろしてください。私、今、重いですし……」


 お腹の中の子供と二人分の体重があるので、きっと以前より重い。


「アニエスは可愛いな、ぜんぜん重くないのに。俺、そこそこ体を鍛えている方だと思うし、王配教育時代には、自分よりもゴツい部下を運んだこともあるよ? 退治した魔獣だって何度も担いだんだから」


 横並びのソファー席に下ろされ、ナゼル様と並んで庭を眺める。

 そのままの姿勢で、ナゼル様はぽつりと呟いた。


「自分がこんな風に穏やかな日々を送れるとは考えてもみなかった。王配として使い潰されていくのだと覚悟していたから。だから今、すごく幸せだよ」

「私も幸せです。結婚相手に、『芋くさ令嬢』だと言われて、疎まれながら一生を寂しく過ごすと確信していましたから。これ以上ないくらい素敵な旦那様と結婚できて、大事にしてもらえて、子供までできて……」


 ナゼル様が、そっと腕を伸ばし、抱き寄せてくれる。


「これから、もっともっと幸せになろう」

「はい」


 彼の言うとおり、さらに幸せな生活を目指すのだ。

 手を繋ぎながら一緒に明るい空を眺めていると、自然とそう強く思うことができた。















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