番外編
第107話 モテる侍女について
留学先が休暇期間に入り、ポールが一時的にスートレナの屋敷へ戻ってきた。
一回り成長し、精悍な顔つきになった彼は、重い鞄を軽々と持ち上げている。たくましい……
すっかりエバンテール家らしさがなくなったポールは、私と普通に会話ができていた。
「姉上、なんだか、ものすごく屋敷の人数が膨れ上がっていませんか?」
「そうなの。皆、私が保護した子たちなのよ。実家で虐待されたり、勘当されたりして行き場をなくした令嬢や令息なの」
「……それは、仕方がないですね」
過去にスートレナ領へ逃げ込んだ経験のあるポールは、あっさり肯定する。
物わかりが良すぎる弟に、私は未だ慣れないのだった。
「ところで姉上、ケリーさんはどちらに?」
「あら」
ソワソワする彼の質問にピンときた私だけれど、あいにくケリーの居場所がわからなかった。
「見つけたら教えるわ。最近はケリーも、以前に輪をかけて忙しくて。一カ所にじっとしていないのよ。ポールは先に、部屋に荷物を運んだら?」
「わかりました」
ポールと分かれた私は、ケリーがいそうな場所を探して回る。
すると、屋敷の庭でトニーがヘンリーさんと話し込んでいるのが見えた。
砦で働く二人だけれど、最近はヘンリーさんが屋敷に入り浸りがちなので、トニーがこっちまでやってきたらしい。
「トニー、久しぶりね」
「アニエス様……お邪魔してます」
「ついでだから、ダンクに会っていく?」
「いえ、先ほど怒濤の勢いで草を食べ回っているのを見たので。心配でしたが元気そうで何よりです」
「ところで、ケリーを見なかった?」
「えっ、ケリーさんですか?」
彼女の名前を出した途端、ソワソワするトニーを目にして、私はまたしてもピンときた。
トニーもまた、ケリーのことが気になっているらしい。
(ケリーったら、モテモテなのね)
本人に全く自覚はなさそうだけれど、それどころか恋愛に興味すらなさそうだけれど。
(実際、どうなのかしら?)
ちょうど、庭に面した物置でケリーを発見した私は、この際だからとケリーの恋愛観について尋ねてみる。
「ねえ、ケリー。ケリーの好みのタイプの異性って、どんな人?」
「アニエス様……いきなり、なんですか?」
「ええと、ほ、ほら、屋敷にメイドさんたちが増えたでしょう? 将来的に結婚する子もいるだろうし、色々学んでおきたいのよ。私はナゼル様のことが大好きだけど、元は政略結婚だったし……恋愛結婚というものを勉強中なの」
焦って言い訳するが、平民の恋愛結婚について知りたいのは、あながち嘘ではない。
出入りの業者の青年と仲良くなったり、砦の職員と仲良くなったりするメイドが出始めているのだ。
いずれ結婚するなら応援してあげたい。
でも、政略結婚以外の結婚について、私はよく知らなかった。
「そうですか。私の意見が役に立つとは思えませんが、年上の落ち着いた男性が好みですね。うちは弟ばかりでしたので、年下の男性は異性として見られません」
ケリーが答えると同時に、庭の方から複数のガタガタッという物音が聞こえた。
そっと視線を動かすと、花壇の角に膝をぶつけたトニーと、何故か生け垣に両足を突っ込んでいるポールが見えた。
(……何をしているのかしら。デバガメ? ポールは庭へ下りてきたのね)
ケリーよりも年下の彼らには同情する。
「ですが、アニエス様。私は今のところ、誰とも恋愛する気はありませんよ」
「そうなの?」
「ええ、それよりも、アニエス様やナゼルバート様のいる、この屋敷で働きたいのです」
「あ、ありがとう」
お礼を言いつつ、再び庭へ目を向けると……ショックのあまり花壇と生け垣に頭を突っ込む男性二人の姿があった。
(……頑張れ、二人とも)
道のりは限りなく険しそうだった。
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