第106話 芋くさ夫人は幸せに生きる
あれから、私は辺境スートレナで平和な日々を過ごしていた。
今も、ワイバーンと一緒に屋敷付近の上空を散歩している。
「ジェニ、いい子でしゅね~」
ワイバーンのジェニは嬉しそうにくるりと回転しながら、屋敷に向けてUターンした。
庭の上まで来ると、目下でナゼル様が手を振っているのが目に入る。
(砦から屋敷へ帰ってきたのかしら)
ナゼル様は私を見て目尻を下げ、大きく両手を広げた。
(こ、これは、もしや……自分に向かって飛び降りてこいという意味ね?)
ワイバーンに乗るとき、彼はいつも私を抱き留めたがるのだ。
覚悟を決めて、着地したジェニの上から「えいっ」とナゼル様の胸に飛び込む。
いつものことだけれど、ナゼル様は軽々と私を受け止めた。
「おかえり、アニエス」
「ただいま戻りました、ナゼル様」
「今日は仕事が早く終わったんだ。一緒にお茶しない?」
「喜んで!」
さっそく庭の休憩場所へ向かうと、新人のメイドたちが給仕を習っている最中だった。
そう、我が家は屋敷のメイドを増やしたのだ。
理由は行き場を失った令嬢の保護を始めたら、どんどん数が増えてしまったからだった。
彼女たちには、ロビン様の被害に遭い実家を勘当されたという共通の過去がある。
だから、令嬢たちが自立できるまで、スートレナ領主の屋敷で私が面倒を見ることにした。彼女たちが何か仕事を手伝うと言ってくれるので、とりあえず簡単なものを頼んでいる。
(私自身も、勘当されて路頭に迷ったところを、ナゼル様に保護してもらった過去があるからね。同じ目に遭っている子を見捨てられないわ)
令嬢たちが実家を勘当されて貴族ではなくなったからといって、平民出のケリーが侍女頭なのはマズいかなと思ったけれど、今のところ文句を言う人物はいない。
どこから噂を聞きつけたのか、その後も家から勘当されたり、自ら逃げ出したりした令嬢たちが続々と屋敷に駆け込んできて……現在は約十二名の新人メイドが在籍していた。
過去に面接で採用した先輩メイドたちは、新人教育に大忙しだ。
(……これ以上増えたら、砦に派遣しようかしら)
とはいえ、彼女たちは庭の草抜きや畑の世話なども厭わず手伝ってくれるので、助かっている。なんといっても、屋敷が広すぎるので!
すっかり人に慣れた魔獣のダンクは率先して草を食べ、メイドを助けていた。
単に食い意地が張っているだけの気もするけれど、いい子だ。
着席し、ナゼル様とお茶をしながら、今日の出来事を話す。
出されたお茶は、最近領地で商品化されたヴィオラベリーのフレーバーティーだ。
「アニエス、スートレナも豊かになってきて、砦での仕事は増える一方だよ。人員も増やさなきゃね。屋敷のほうはどう?」
「相変わらず、貴族令嬢がしょっちゅう駆け込んで来ますね。令嬢だけでなく、今朝は傷だらけの幼い貴族令息も逃げ込んできました。彼については、仕事を与えるべきか迷っています。十歳らしいので……」
「この間は令嬢の親が怒鳴り込んできたよね」
「ええ、ですが、虐待されている子を返すわけにはいきません。ベルトラン陛下やラトリーチェ様が、貴族の家のあり方を改善する方向で動いてくださっていますので、これからは徐々に良くなっていくかと」
令嬢の親が屋敷まで来て、暴力行為を働くときもあるけれど、今のところトッレが全員追い払ってくれている。私の魔法で強化した彼には、よほどの人物でなければ勝てないだろう。
よほどの人物が現れた場合は、芋を投げて応戦すればいい。
ジャガイモ、里芋、さつまいも、山芋、こんにゃくいも……などなど、今や屋敷の畑には、ありとあらゆる芋が揃っているのだから。
領主の庭の畑は全面的に耕され、様々な作物が実験的に植えられている。
私は屋敷の皆と協力して、それらを使った商品開発にも精を出していた。
「辛い思いをする令嬢が一人でも少なくなるよう、私も尽力します」
「アニエスは優しいね」
ナゼル様が微笑みながら見つめてくるので、にこりと笑い返す。
穏やかな風が吹き抜け、すっかり綺麗になった庭の花々を揺らした。
(いろいろあったけれど、こんな穏やかな日が来るなんて……今の生活がずっと続けばいいな)
こうして、私とナゼル様は、その後も辺境スートレナで幸せな日々を送り続けたのだった。
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