第109話 六年後の領主夫人
辺境へ来て六年が経過した。
私やナゼル様は、相変わらず充実した日々を送っている。
不毛の地だった辺境スートレナは、今や「豊穣の街」やら「教育の街」やら、いい感じの呼び名がつけられていた。
屋敷の人員も増え、砦の人材も充実し、魔獣被害も減っている。
そして、街の至るところに領主夫人像が建てられているのだった。
屋敷のテラスに出た私は、晴れた辺境の空を見上げる。午後の風が気持ちいい。
すると、庭のほうから小さな足音が二つ近づいてきた。
「あらあら」
私は声のするほうへ歩いて行く。
「お母様!」
「おかーたまっ!」
テラスに飛び込んできたのは、小さな二人の子供たちだ。
四歳の長男ソーリスと、三歳の長女ルーナ。私とナゼル様の子供である。
彼らのあとからは、息を切らせたリリアンヌが走ってきた。
「す、すみません……っ、は、速い……っ、やっと、追いつけました……」
実はリリアンヌを、屋敷で働く乳母として雇ったのである。
改心し、証言に協力してくれた彼女は、施設で真面目に働いて罪を償い、予定よりも早く出所した。
その後は、トッレの熱烈すぎるプロポーズを毎日受け続け、ついに折れて彼と結婚したのである。そんなリリアンヌにも、三歳の子供がいた。
子供同士の年が近いし、トッレも屋敷にいるので、乳母をやらないかと誘ったところ、承諾してもらえた。
リリアンヌ自身の子供も一緒に過ごしている。一人で三人の面倒を見るのは大変なので、保育係の使用人たちをつけて、皆に子供の世話や教育を任せていた。
保育係のメイドさんたちは、全員子持ちや子供好きの人材なので頼りになる。
ケリーもよく、二人の世話を焼いてくれた。
「お母様、お父様が砦から帰ってきたよ!」
「へんりーも、いっちょ!」
どうやら、ナゼル様の帰宅を知らせるために、飛び出してきたみたいだ。
ソーリスの魔法は土を掘ったり、土の質を変えたりするもので、ナゼル様の植物を操る魔法と同じく特殊な力だ。
ルーナの魔法は「物質弱化」で私の魔法と真逆の性質を持つ。
二人とも便利な魔法の使い手だった。
「そうなのね、教えてくれてありがとう。でも、リリアンヌを困らせちゃダメよ」
「はーい!」
話をしていると、ナゼル様とヘンリーさんがやって来た。
ヘンリーさんはこの数年間ですっかり太ってしまい、顔色もよくなっている。
(屋敷や街で、おいしいものを自重せずに食べた結果かしら)
横幅は増えたけれど、目眩や貧血で倒れることもなくなったので、私はまあいいかと思った。
「アニエス、ただいま!」
「おかえりなさいませ、ナゼル様!」
二児の親となったナゼル様は、今でも整った美貌を維持し続けている。
近頃はその中に、艶やかな色気まで併せ持つようになってしまい、彼を前にすると未だにドキドキと私の鼓動は激しく脈打つ。
「お父様!」
「おとーたまっ!」
飛びつく子供たちを軽々と抱え上げ、ナゼル様は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「今日は何をしていたの?」
「リリアンヌとお勉強!」
「とっれと、おうまー! くあとろも、いっちょ!」
ソーリスは勉強をし、ルーナはトッレに遊んでもらったみたいだ。
クアトロというのはトッレとリリアンヌの子供の名前である。ルーナと仲のよい男の子だ。
子供たちをリリアンヌに返し、私とナゼル様は屋敷の中へ戻る。
ちなみに、小腹を空かせたヘンリーさんは一人食堂へ向かった。
「今日も忙しそうですね、ナゼル様」
「アニエスもね。でも、俺のほうは、ここへ来た当初よりも仕事に余裕が出てきたよ」
「仕事量は変化していないような? 慣れの問題っぽい気がしますね」
「君との時間も増やせそうだね」
「嬉しいです」
隙さえあれば、妻を抱きしめるようになったナゼル様。私もギュッと彼の首にしがみつくように腕を回す。
さすがに六年も経つと、きちんと愛情表現をできるようになった。
時が過ぎるごとに、どんどん甘々になってくるナゼル様の愛情は、留まるところを知らない。
(ナゼル様が大好きだし、まったく問題はないのだけれど)
家族が増え、ジュリアン様やポールも、屋敷によく顔を出しに来る。
留学を終えたポールは、今はベルトラン陛下やラトリーチェ様のもとで働いていた。
(ポールの場合は別に目的がありそうだわ。ケリーは今も独身だから、チャンスを窺っているのね)
水面下で、ポールとトニーの戦いは、まだ続いているようだ。
とにかく今、私たちは辺境では皆が幸せに暮らしている。
ナゼル様の妻として、これからも私は幸せを守り続けたい。
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このたびオーバーラップノベルスf様より「芋くさ令嬢」の書籍化が決まりました。お読みくださいました読者様に、心より感謝申し上げます!
書籍は5月に発売予定です。
詳細がわかりましたら、近況ノートにてお知らせいたします。
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