第72話 商人の正体と水着事件(ナゼルバート視点)

 カッテーナの町での事件を解決したナゼルバートたちは、再び中心街の屋敷へ戻っていた。諸々の処理を終え、アポー伯爵およびキギョンヌ男爵は貴族籍剥奪の上、関与していた者たちと共にスートレナ領内の重罪人用牢獄に入れられる。

 

 アポー伯爵のあとは幼い息子が継ぎ、彼が成長するまでは第二王子が国王に掛け合って派遣した補佐がつく。王子の手際が良すぎるのには別のからくりがありそうだが。

 一方で娘ばかりのキギョンヌ家には跡取りがおらず、また一代限りの爵位のため残された家族は働きに出なければならない状況だ。不正に儲けた金銭はすべて没収され、男爵家の豪勢な屋敷はベルに売り払われた。

 メイドの面接に来た三女があれでは先が思いやられるが、貴族としての教養があるので、心を入れ替えれば働き口には困らないだろう。

 

 男爵家の屋敷に集まっていた小貴族の貴族令息、令嬢たちは親の金で贅沢三昧だったものの直接悪事に手を染めてはいない。捕らえられはしないが、キギョンヌ男爵の余罪を調べるうちに次々とほかの貴族の罪が表に出てきてしまい、当主の捕縛が相次いだ。

 彼らの家も概ね男爵家と同じような道を辿っている。

 

 いろいろあったがナゼルバートとアニエス、トッレやトニーの魔獣対策が功を奏し、カッテーナの町での魔獣被害は大幅に減った。

 あれからリリアンヌも軽犯罪者用の施設へ送られ、平民のように働く生活を始めた。

 施設は面会が自由にできるため、早くもトッレがそわそわと落ち着かない。

 頻繁に押しかけすぎて迷惑にならないよう、あとで注意すべきだろうか。

 

 忙しくカッテーナの町と砦と屋敷を行き来し、ようやくゆっくり休める日が来た。

 今日ばかりは意地でも休むとナゼルバートは決めていた。最近、妻のアニエスと二人きりになれる時間がなかなか取れなかったからだ。

 デズニム国南端のスートレナは、四季のあるほかの地域と微妙に気候が異なる。

 年中を通し温暖で、天気の良い乾期と朝夕に大雨が降る雨期に分かれていた。

 ちなみに、現在は乾期が終わり雨期にさしかかる頃で、気温は雨期のほうが高い。


 雨上がりの晴れた庭を見ながら、ナゼルバートはテラスに置かれた椅子に腰掛けた。

 アニエスは前領主が庭に作ったプールでワイバーンのジェニを遊ばせている。

 それを少し離れた場所から、柵に入れられたダンクが眺めていた。

 グラニという種類の魔獣であるダンクはアニエスに慣れてきたようで、時折ニンジンを与えられヨシヨシされている。しかし、自分を捕まえたナゼルバートには懐かず未だに警戒していた。

 

「ナゼル様! お仕事は終わりました?」

 

 こちらに気づいたアニエスが笑顔で駆け寄ってくる。

 そんな彼女の姿を見て、正確には服装を目にしてナゼルバートは座ったまま硬直した。

 ブラウスの胸の部分がプールの水でびっしょり濡れ、下着が透けて見えている。

 

「アニエス、この上着を羽織って!」

「はい? ナゼル様の上着が濡れますが、いいんですか?」

「もちろん! ケリー、至急アニエスに水着の手配を。なるべく、露出の少ないもので」

 

 近頃、デズニム国王都の貴族はプールで遊ぶことがステータスとなっており、特に若者の間で水着が流行している。

 離れた場所で静かに控えるケリーは「水着は採寸を終えて発注済みです、明日には届くでしょう」と完璧な返答をした。

 アニエスは貴族の事情に興味があるわけではなく、単にジェニを遊ばせたかっただけだろう。ダンクが慣れれば、二匹一緒に水遊びを始めるかもしれない。

 

「ナゼル様も一緒に水浴びしませんか? 涼しくなりますよ?」

 可愛い妻がキラキラ輝く視線を送ってくる。ナゼルバートは一秒で陥落した。

「行こう!」

 

 しよう、水浴び!

 こうしてナゼルバートは、アニエスとプールで充実した休日を過ごしたのだった。

 翌日、無事に水着が届いたアニエスは、ジェニやダンクをプールで遊ばせるようになった。本来の使い方とは微妙に違うけれど、妻が楽しそうなのでいいやと思うナゼルバートだった。



 ※


 翌日、ベルがアニエスの水着を届けに来たと聞いて、屋敷の執務室にいたナゼルバートの平常心が揺らぐ事件が起こった。

 ケリーが発注したと言っていたが、彼に頼んだとは。

 辺境に商人が少ないとはいえ、いささか相手が偏りすぎているような気がした。

 二人の間にはかなり太い繋がりがあるみたいだとナゼルバートは考察する。

 

「スートレナに貴族向けの水着店はないから、扱う商人は限られているけれど。それにしてもね」

 

 ナゼルバートはベルに対して気になることがあった。

 商人を名乗る彼だが、昔一度出会った知り合いにとてもよく似ているのだ。

 まさかと思ったが、考えれば考えるほど本人の可能性が高くなっていく。

 よって、ナゼルバートはカッテーナの町から帰ったあと、共通の知り合いに事実確認をしていたのだった。そして――

 

「……本当に本人だったとは」

 

 商人ベルは王都にいる第一王子、ベルトランの仮の姿だったと判明した。

 そもそも、ナゼルバートとベルトランが会ったのは、王配教育のため城に上がったときが最初で最後。体が弱いベルトランは重い病に冒されており、滅多に部屋の外に出られない王子だったはずだ。

 最近はずっと寝たきりで、政略結婚した妻以外は部屋に出入りすることさえできないありさま。そのくらい容体が悪かったと聞いている。

 だから、王位争いにも無関係で多くの国民から忘れられていた。

 

「全部嘘なのか?」

 

 王子は商人に変装して辺境で元気に荒稼ぎしていた。特にキギョンヌ男爵の事件で事後処理を担当したので相当儲けたと思われる。

 同時に第二王子の裏にいた人物が彼なのだろうと推察できた。

 

 第二王子レオナルドは基本的に他人に無関心で、自分の命さえ無事ならほかはどうでもいいという考えを持っている。生まれると同時に後ろ盾を失った彼の生存戦略の一環ではあるが、第二王子としてはとても頼りなかったのだ。

 しかし、そんなレオナルドが最近派閥を作りだしている。

 ナゼルバートは第二王子の招待でヤラータの家に呼ばれたときから違和感を覚えていた。

 

 だから、今日はベルをとっ捕まえて事情を聞こうと考えている。

 アニエスの水着の件も気になるが、まずは商人としてスートレナにいる理由を知りたい。

 確認しに行こうと立ち上がると同時に、執務室の扉がコンコンと叩かれる。

 

「ナゼル様ー?」

 

 扉の向こう側から妻の声が聞こえたので、ナゼルバートは小走りで扉へ向かう。

 

「どうしたんだい、アニエ……」

 

 言いかけて、今度はナゼルバートの平常心と理性が星の彼方へ飛びそうになった。

 目の前に立つアニエスが、新品の水着を身に纏っている。しかも、布が上下に分かれた、露出の多い形である。

 

「どうですか、似合います? 購入したものとは別で、ベルがプレゼントしてくれたんです。ナゼル様に見てもらえって……」

「あの野郎」

 

 ナゼルバートの言葉に、アニエスが不安そうな顔になる。

 

「好みではありませんか?」

「めちゃくちゃ好みだよ! アニエスは何を着ても可愛いね」

 

 妻をギュッと抱きしめたナゼルバートは彼女を連れて、現在客室にいるらしいベルのもとへ向かった。

 

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