第68話 芋くさ夫人、芋をリリースする
ジェニに乗って町へ移動すると、ちょうど広場と隣の宿屋にナゼル様の部下が集まっていた。
キギョンヌ男爵の家へ寄ることになった私たちは、あらかじめ宿をとり休憩所代わりに利用しようと決めていたのだ。男爵家へ直接行かないメンバーもいるので。
休憩所には、魔獣の餌となるジャガイモが積み上げられていた。
男爵の屋敷に運ばれてたものや、彼らによって森と町の境目に撒かれたもので、今も回収班が残りの芋を集めている。残したままだと森に住む魔獣が食べに来るからだ。
ちなみにジェニに乗った私が手にしていたのは、男爵家にあった芋だった。
屋敷の外で敵兵に襲われてはいけないので、念のため数個持ち出していた。
「魔法を解いて芋を返しておこう」
男爵家から没取されたジャガイモ入りの木箱へ、私は持っていた芋をリリースした。
ジェニならすぐの距離も、陸路では時間がかかる。
ナゼル様と共に宿へついてしばらくすると、リリアンヌを抱えたトッレが戻ってきた。
男爵や伯爵を連行する味方の兵士たちも一緒だ。
皆気絶しているけれど……
疲弊した様子のリリアンヌへ目を向けると、思いのほか衣服がボロボロだと気づく。
「トッレ。リリアンヌ様をこちらの部屋へ、私とケリーが怪我を確認します」
宿の一室を一時的に女性用救護室として使わせてもらえることになった。
ただ、医者は隣町にしかおらず、ナゼル様の部下が天馬に乗って呼びに行っている最中だ。この町にもいたらしいが、数日前に魔獣に襲われてしまったらしい。
リリアンヌをベッドまで運んだトッレがなかなか立ち去らないので、私は口を開く。
「トッレ、少しの間、部屋の外に出ていて?」
「ううっ、しかし……」
「心配なのはわかるけど、ここは男性の立ち入り禁止です! ほら出ていく!」
「リリアーンヌッ!」
私は無理矢理、名残惜しそうなトッレを外へ閉め出した。リリアンヌは大人しくベッドに腰掛けている。
ちなみに、危険があってはいけないのでケリーにもおまじないをかけておいた。
「あの、肩の力を抜いてね。私たちはあなたに危害を加えないから。私はアニエスで、こちらは侍女のケリー」
「……うう……」
リリアンヌは脅えたように身を縮め、警戒心むき出しの上目遣いで私たちを見ている。
ナゼル様を狙ったときのような戦意はなく、ただ私やケリーを怖がっている様子だった。
「えっと、リリアンヌ様。足の他に怪我をしている場所は?」
「……放っておいて……ください……どうせ、もう……終わりなんです……」
「そうもいかないの、あなたからはきちんと話を聞きたいし。どうしてナゼル様を狙ったの?」
しかし、リリアンヌはだんまりだ。私とケリーは小さく息を吐いた。
「先に着替えましょうか。あなたのドレス、ズタズタだものね」
自らの髪で引き裂いたのもあるだろうけれど、他の部分も破れたり汚れたりしている。逃げた後で何かが起こっていたのかもしれない。
愁いを帯びた瞳のリリアンヌは全てされるがままで、抵抗の意思をなくしたというよりは、全てを諦めたかのような投げやりな空気が感じられる。
二人がかりでぼろきれと化したドレスを脱がせた私は、リリアンヌの腕を見て思わず息を呑んだ。彼女の手首には痛々しいミミズ腫れの痕がたくさん残っていたのだ。
傷は完全に塞がっているが、痣がくっきりと見て取れる。
「これは……鞭? わりと新しいわね」
見間違えようもない。私もかつて、家の方針に添わない行動をとるたびに母や侍女や家庭教師から叩かれていたのだから。
ケリーもただならぬ傷を前に何かを察したようだった。
公爵家へ来た私が虐待を受けていたことにいち早く気づいて、ナゼル様に知らせたのは彼女だった。
「他に傷はないようですね。とりあえず、足首は手当てが必要です。アニエス様……」
「傷に触れないように気をつけて、体を綺麗にすればいいのよね?」
「はい、私は奥で着替えの服を準備しますね」
濡らしたタオルでリリアンヌの体を拭いて替えのドレスを着せる間も、彼女は黙ったままだった。ちなみにドレスは私の荷物にあった予備用のものだ。
様子を見つつ、再びリリアンヌに質問する。
「ねえ、ナゼル様を狙った理由を教えて。個人的な恨みではないでしょう?」
一緒にいて僅かに気が緩んだのか、それとも私に気を遣ったのか。リリアンヌは、おずおずと頷く。
「……はい」
「誰かに頼まれたの? キギョンヌ男爵たち?」
続けて尋ねると、リリアンヌは辛そうに細い眉を顰め、両手を強く握りしめた。
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