第67話 芋くさ夫人、二倍恥ずかしくなる
ジェニに乗った私が到着したとき、ナゼル様たちのいた眼下の森は酷い有様だった。
たくさんの木が引きちぎられ、なぎ倒され、地面までえぐれている。
おそらく、トッレの仕業だろうけれど、地面のほうはナゼル様の植物かな?
なんにせよ、不穏な動きをしていた人間は全員捕まったみたいでよかった。
しばらく経つと、ヘンリーさんとベル、味方の兵士たちが坂道の向こうからやって来た。ナゼル様たちのあと追ってきたようだ。
体力のないヘンリーさんは今にも倒れそうで、屈強な兵士に担がれている。
ベルは空を飛ばない馬形の騎獣に堂々と乗っていた。
真っ白で優雅に動く、見るからにお高そうな騎獣。足の本数は八本で、屋敷にいる魔獣のダンクと同じだ。種類も同じなのかな?
兵士たちはきびきびとした動きで、倒れた男爵たちを捕縛し町まで運んでいく。
最後にナゼル様を攻撃した令嬢が引き立てられた。
「うう……」
彼女は怪我をしているようで足を庇って歩く。
素直に兵士に従っているが、バランスを崩し地面に膝をついてしまった。
「だ、大丈夫?」
慌てて令嬢の傍に駆け寄り足の状態を確認すると、庇っていたほうの足首が酷く腫れているとわかる。見るからに痛そうだ。
「もしかして捻挫?」
だとすれば、山道を下るのは厳しいだろう。
「あの、私がこの人をワイバーンで町まで連れて行きます」
提案すると、令嬢を連れていた兵士が困った表情を浮かべた。
「しかし、領主夫人に罪人を運ばせるわけにはいきません」
「彼女の魔法、髪が棘状に伸びて危険なんです。私とジェニなら怪我をせずに運べますから」
「と、棘!?」
この兵士は一連の事件を目撃しておらず、令嬢の髪について知らない様子。
私を心配して、なかなか彼女を任せようとはしない。
すると、静かに話を聞いていたナゼル様が近づいてきた。
「アニエス、それなら俺がご令嬢を運ぼう。君に何かあったら後悔してもしきれない」
「ですが……」
悩んでいると、ナゼル様に続いてトッレまでやって来た。
「アニエス様、ナゼルバート様。リリアンヌは俺が運びます! 彼女は婚約者ですから!」
私はあんぐりと口を開けた。
今、すごい言葉が聞こえたような。
以前本人に教えてもらったが、スートレナ領を訪れる前、トッレは失恋をしたらしい。
相手は婚約者だと言う話だった。
トッレが辺境へ来てしばらくは、たまに泣きながら筋トレする彼を見かけたものだ。
リリアンヌを婚約者と呼ぶトッレだけれど、おそらくもう婚約自体は解消されているのではないだろうか。
その相手が目の前の令嬢だなんて、一体どうなっているのだろう。
「お願いします! アニエス様!」
トッレの力強い言葉を聞くと、迷ってしまう。
「わかった。でも念のため、トッレにも『身体強化』のおまじないをしておくわね」
私はトッレにナゼル様と同じ強化魔法をかける。
「ありがとうございます、アニエス様。では、運んでまいります!」
トッレは軽々とリリアンヌを担ぎ上げ歩き出す。
途中でリリアンヌが「待って」や「下ろして」などと言い、戸惑っていたけれど。
……彼はそのまま行ってしまった。
「ええと、ナゼル様……私たちも戻りましょうか」
「そうだね、アニエス。俺も君を抱き上げていこう」
「へ、え? ひゃぁああ!」
こうしてジェニに乗るまでの距離を、私はナゼル様に抱えられて移動したのだった。
しかも、横抱きではなく、向かい合わせの抱っこで。
いつもの二倍恥ずかしかった!
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