第60話 ワイバーンのご機嫌飛行
辺境スートレナの中心街――その一角で私は復興作業を手伝っていた。
あの新月の日から数日が経過したけれど、思ったよりも被害は少なく、屋敷周辺の住宅街以外は魔獣の影響を受けていない。
以前の被害はこんな比ではなかったと皆が言うので、ナゼル様の魔獣対策が功を奏したのだろう。
ナゼル様とヘンリーさんが指示を出し、部下の人たちが慌ただしく動く。
トッレも巨大化して瓦礫運びを引き受けていた。辺境の人々からは、とても重宝されている。彼が一人いれば、作業時間が大幅に短縮できるのだ。
私は建物や道の強化を中心に、ナゼル様の近くでこつこつ仕事をする。
作業をしながら、ふと疑問に思ったことをナゼル様に聞いてみた。
「スートレナって、他の領地と比べて魔獣被害が突出して多いですよね。森に面しているのは、ここの領地ばかりではないのに……他領は、何か特別な対策をしているのでしょうか?」
ナゼル様は琥珀色の目を優しげに細めて私を見つめる。大好きなナゼル様の姿を目にすると、今日もやっぱりドキドキが止まらなくなった。
私の素朴な質問にも、彼は親切に答えてくれる。
「資料で調べたけれど、情報が載っていなかった。だから、森に面した地域と隣り合う領地の調査をしようと思うんだ。今まで、役人が現場に向かったことがないらしくて。ヘンリーも調べる方向で動いたけれど、現地に住む貴族が面倒がって妨害してくるみたい。まあ、中心街から近くはないし、滞在する場所の手配とか……現地の者には面倒をかけるのだけれど」
「なんと。では、今回はナゼル様の権限で?」
「そういうこと。被害を放っておく訳にもいかないし」
ナゼル様は追放されたけれど、高位貴族だものね。
「あ、あの、私も行きたいです。魔法でお手伝いできます」
「アニエスも? たしかに、君の魔法にはいつも助けられているけれど」
じっとナゼル様の目を見ると、徐々に彼の顔が赤く染まり始めた。
……もしかして、照れたのかな?
嬉しいような、自分まで恥ずかしくなってしまうような、なんともこそばゆい気持ちになる。
「わかった、ヘンリーに相談してみよう。その代わり、俺やトッレの近くを離れてはいけないよ?」
「もちろんですよ。私は危険なことはしません」
「……新月の夜に勝手に外へ出ていたよね」
「うっ」
「ものすごく心配したけれど、怪我人を助けてくれたというのはわかっているよ」
ナゼル様はそっと私の頬にキスを落とす。
「でも、無茶はやめてね?」
「あの、ナゼル様、人が見ています」
ここには、復興作業で働くたくさんの人がいるのだ。
そんな中でイチャイチャするなんて……と思ったのだけれど、皆さんは微笑ましそうに私とナゼル様を眺めている。
「いやあ、夫婦仲が良いのはいいことですねえ」
「お二人とも、ずっとスートレナで暮らしてくださいね」
私とナゼル様の触れ合いが公認になってしまった。すごく恥ずかしいのだけれど、ナゼル様は嬉しそうだ。
ということで、復興が一段落したタイミングで辺境の森に近い場所へ、被害状況やその原因を探りに行くことに決まった。
※
しばらく経った頃、私とナゼル様、ヘンリーさんとトッレとケリー、数名の役人や兵士の皆さんは一緒に騎獣に載ってスートレナの外れに向かった。
天候は晴れで、気持ちのいい風が吹き抜ける。特に問題のない道中になりそうだ。
私とナゼル様はワイバーンのジェニに乗り、残りのメンバーは天馬に乗る。
今回行くのはスートレナの北東に位置する集落、カッテーナの町だ。東側には森があり、北側にはザザメ領とヒヒメ領が並ぶ。森に近いのはザザメ領のほう。
カッテーナはちょうど森とザザメ領の隣に位置し、間の小さな林が領地の境界線になっていた。
ちなみに、本日ワイバーンを操縦しているのは私だ。
久しぶりの遠出でジェニも喜んでおり、先ほどからご機嫌回転飛行が止まらない。
「わあ、すみません。ナゼル様……ジェニが興奮しちゃって」
「ふふ、いいよ、俺は楽しいから。こうしてアニエスにくっついていられるし」
「ひゃあ!」
そう、回転飛行中は通常飛行時よりもさらに密着状態なのだ。
たしかにナゼル様は、とても楽しそうだった。
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