第57話 ベッドに引きずり込まれる芋くさ夫人

 避難してきた人々を見送り、怪我人を病院へ搬送する。

 家をなくした少数の領民は砦に部屋を用意し、「花モグラ亭」の夫婦は砦で食堂を開くことになった。

 もともと、忙しくてお昼を食べられない役人のために食堂設置の計画があり、料理人を探していたのだそう。

 

 避難所の仕事が一段落した私は、仮眠を取ったヘンリーさんを釈放し、ナゼル様の部屋に向かった。

 ノックしても返事がないので、そっと扉を開けてみる。

 

「ナゼル様~?」

 

 整った上品な部屋の中を、名前を呼びながら進んでいくと、ナゼル様はベッドの上でうつ伏せで眠っていた。

 まるで、ぎりぎり目的地へたどり着いたものの、そのまま気を失ってしまったかのような姿だ。

 

「お疲れなのね。このまま、寝かせておいてあげたい」

 

 ベッドに近づき、そっと毛布を掴んでかけてあげようとすると……

 すっとナゼル様の手が伸びてきて、私をベッドへ引きずり込んだ。

 

「ナゼル様っ? まさか、起きてた?」

 

 クスクスと笑う声がする。

 

「今、目覚めたところだよ。アニエスの可愛い声が聞こえて」

「ちゃんと寝ましたね? 起きていたら、ベッドに縛り付けますよ?」

「大丈夫だよ、眠ったから」

 

 私は横になったまま、ナゼル様を見つめた。

 顔色は悪くないし、部屋の中で仕事をした形跡もない。よし!

 

「あの、ナゼル様、約束の件ですが」

「アニエスに話しておきたいことがあったんだ。君の魔法のことで」

「私の『物質強化』ですか?」

「その魔法だけど、ただの物質強化ではないんじゃないかと思って。アニエスの魔法はいつ判明したの?」

「まだ小さなときに、地元の教会へ連れて行かれたんです。鑑定の魔法を持つ人がいたから」

 

 鑑定の魔法は、他人の職業や魔法の種類、魔力量がわかるという特殊な魔法の一つだ。

 精度や鑑定できる項目の多さは人による。

 

「鑑定の魔法持ちは能力の高低にかかわらず、見つかり次第、鑑定係として教会勤めになるんだよね。各領地に最低一人は配置される」

 

 気の毒だけれど、就職先以外の自由と平均以上の生活は保証されているという。

 通常、貴族は王都で魔法の資質を見てもらうことが多い。王都の方が能力の高い鑑定係が置かれるからだ。

 でも、エバンテール家は、わざわざ王都にまで出向かない。

 なんと言っても、エバンテール家なので!

 

「魔法の資質を見極める力は大事ですからね。地元の教会にいたのは、すごいおじいちゃんの鑑定係だったんで、フワッとした鑑定でしたけど。『なんらかの……ものを強化する力だ』と告げられたそうです。小さかったので覚えていないですが、母がそう言ってました」

「……フワッとした鑑定の上に、それを人づてに聞いたんだ?」

「えへへ。エバンテール家は魔法に興味がないんですよね。魔法の鑑定も『何かとんでもない力で問題を起こしたら困るから受けた』という感じで」

「うん、なんとなく想像できるかな」

 

 ナゼル様は、一度うちの元家族とやり合っているからね。

 エバンテール家の考えをわかってもらえるのは楽だ。

 

「というわけで、私の魔法は『物質強化』なんです」

「思うんだけど、アニエスの魔法って人間にも効くよね? 俺、昨夜魔獣から攻撃されたけれど、なんともなかったんだよ。それって、アニエスの『おまじない』のおかげじゃないかな」

「そういえば、トニーを庇って魔獣に踏まれていたような?」

 

 魔獣に踏みつけられて、前領主は亡くなった。同じ攻撃を受けたのに、ナゼル様は元気だ。

 

「衝撃は感じたけど、体はなんともなかった。君の魔法は未知数で、貴重かつ希少なものだと思う。植物も育っちゃうし」

「……鑑定し直した方がいいですか?」

「いや、必要ない。知れ渡ると、それはそれで厄介だから。アニエスの能力は皆が欲しがるよ。たぶん、壁の強化、作物の強化、兵士の強化……辺境から戻されて国の所有物として魔法を行使させられる。毎日のように」

「嫌ですー!」

 

 今の楽しい生活を捨てるのも、ナゼル様と離ればなれになるのも断固拒否!

 

「うん、だから今まで通り『ちょっと変わった物質強化』でいいんじゃない?」

「そうします」

「ところで、人間にかけた『物質強化』は、いつ解けるんだろう?」

「うーん……私が魔法を解くまで? 私の魔法はナゼル様と違って、ゼロから物質を生み出すものではないので、かけっぱなしでも魔力消費の問題がないんです」

 

 ナゼル様の場合、存在しない植物を出現させれば、その間じゅう魔力が消費され続ける。

 植物の改良で力を付与する場合、魔力消費はそのときだけ。

 私の魔法は後者と同じだ。

 

「すごいな、無敵じゃないか、アニエス。これからは、人間相手の魔法は慎重にね」

「わかりました。辺境から離されるのは嫌ですからね」

 

 ひたすら魔法を使わされる生活なんてごめんだ。

 

「ちなみに、アニエスの魔力量ってどのくらい?」

「計っていないです。魔法の種類が『物質強化』なので、魔力はあってもなくても関係ないだろうって」

「エバンテール家め。アニエス、魔力量は調べよう。なんとか上手いこと鑑定係を手配するから」

 

 私はこくこくと頷いた。

 ナゼル様に任せておけば、たぶん大丈夫という安心感がある。

 

「さて、そろそろ街の被害状況の報告が入る頃では?」

「……そうだね」

 

 ナゼル様は少し残念そうに起き上がる。

 

「行こう、アニエス」

「はいっ! 壊れた場所の修復作業、お手伝いしますよ」

 

 話を終えた私たちは、これからに向け、二人揃って屋敷を出発したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る