第58話 辺境の噂と不機嫌な男爵令息(ロビン視点)

 王都の閑静な住宅街にある大きな屋敷の、手入れの行き届いた部屋でロビンは流行のスイーツ「ヴィオラベリー・パイ」を食べながら不機嫌な笑みを浮かべていた。

 彼の前では部下の男が床に膝をついている。

 

「……で? 辺境でナゼルバートは上手くやっている……と?」

「はい、ロビン様。食糧問題や魔獣問題を次々と解決し、領民からも慕われ始めているようです」

 

 ロビンは手に持ったスイーツをぐしゃりと握りつぶす。

 

「これだから、できる野郎は嫌なんだよね~。超嫌味じゃーん! まあ、夫婦生活は可哀想だけどぉ~。相手が芋くさ令嬢じゃあね」

「その件なのですが、実は芋くさ令嬢が美人だったという噂がありまして。貴族たちの間で話が広まっているのです」

「あははっ、まーさかー。眉唾だってば~? 芋くさだよ~? 皆、面白がって噂を広めてるだけっしょ。君、もう帰っていいよ~」

 

 ロビンは芋くさ令嬢の噂話を切り捨て、部下を部屋から追い出した。

 

「面白くないな、ナゼルバートが辺境になじんでいるなんて。しかも、領主としての評判が良いと? せっかく、せっかく追放したのに! なんで潰れないんだよ!」

 

 なんでも持っている男だった。

 地位、容姿、才能、次期女王の王配の座。何もなかった自分とは大違い。だから嫌いだし憎い。


 

 

 ロビンは貧しい生まれだった。

 母は娼婦で父は客の一人。ロビンは花街で育ち、自らの容姿を武器に女社会で生きてきた。自分はこんなところで終わる人間ではないと信じながら。

 

 母が亡くなり、同時に父が男爵だと判明した。

 店に訪れた男爵が母の常連だったと耳にしたのと、彼の顔が自分そっくりだったことが決め手だった。

 男爵の家に乗り込み、花街での弱みを握って脅し、自分は使い道があると売り込んで養子になった。実際、自分は役立てるという自信を持っていた。

 ロビンの魔法の種類は珍しいもので、しかも二つあったからだ。

 

 通常、持っている魔法は一人一つだけ。

 ただ、ごく希にロビンのように二つの種類の魔法を所持する人間が現れる。

 生まれ故に鑑定を受けていないロビンは見逃されていたけれど、そういった人物はいずれも国から特別扱いされていた。

 令嬢の間を渡り歩き、たどり着いたのはこの国の王女殿下。玉の輿に乗れる相手の中では、一番身分が高い。

 しかし、彼女には許嫁がいた。

 何もかも完璧な貴公子、ナゼルバート・フロレスクルスが。

 

 ロビンは最初からナゼルバートが気に入らなかった。なんでもできて人間味が薄く、お綺麗で慈悲深い。

 容姿だけしか取り柄のない自分とは根本的に違う人種だとわかった。

 不正を許さず、素行の悪い者を注意し、淡々と国から与えられた役目をこなして、歯車のように働いている。

 

 ナゼルバートは他人に劣等感を抱かせ、不正に手を染めてでも利権を守ることに必死な貴族の恨みを買う天才だった。その部分が彼の唯一の欠点だろう。

 世の中、綺麗な人間ばかりではない。

 だから、ロビンも動きやすかった。

 

 完璧な婚約者を前に自分の存在価値に疑問を持ち、劣等感に苛まれていたミーア王女に言い寄る。

 プライドが異様に高い王女は、なんでも自分の先を行くナゼルバートが気に食わず、ナゼルバートも面倒な王女の相手をすることを避けていた。

 もともと、二人は折り合いが悪かったのだ。

 

 ロビンはたやすく王女に近づき、甘い言葉で彼女を慰めた。

 花街で育ったので、ロビンは女性の扱いには慣れている。魔法と併用すれば、八割以上の女性がロビンに夢中になった。

 世間知らずの王女を口説くことなど一瞬でできる。どんなに性格に問題があろうと、彼女もまた綺麗な世界で生きてきた人間なのだ。

 

 ロビンは王女を妊娠させ、ナゼルバートの罪をでっち上げ、婚約パーティーのどさくさにまぎれて騒ぎを起こした。

 王家は醜聞を抑えるため、ロビンを立派な肩書きつきで王女の夫にし、ナゼルバートを辺境へ追い出す。

 

「本当に見栄っ張りで、馬鹿な奴らだよね~。フゥー!」

 

 おかげで、ロビンの思い通りに物事が進む。父の男爵もご機嫌だった。

 

「さて、ナゼルバートが優秀っていう噂が流れるのは困るんだよね。絶対に俺ちゃんと比較されるし~。王女の夫をクビになったら嫌だし~」

 

 仕事や勉強が嫌いなロビンは、自分が努力するより相手を蹴落とす方を選ぶ。それは、いつものことだった。

 男爵家の屋敷から王宮の図書室へ向かい、目的の人物を探す。

 

「あ、いたいた~! おーい、リリアンヌー!」

 

 司書が「図書室ではお静かに」と注意するのを無視し、ロビンは読書中のリリアンヌを呼ぶ。意中の相手を見つけたリリアンヌは、わかりやすく頬を染めた。

 単純で可愛い。

 

 王宮にはロビンの望みを叶えてくれる令嬢がたくさんいて、彼女もそのうちの一人。

 婚約者が朴念仁だったのが幸いし、あっけなくロビンの手に落ちた。親身になって悩み事を聞いてあげたら、すぐに心を開いてくれたのだ。

 貴族令嬢という生き物は、人に言えない悩みを自分の中にため込む習性があるらしい。

 だからこそ、つけ入る隙ができる。

 

「リリアンヌ~、愛してるよ~! 最近、悩み事はないかな?」

 

 ガミガミ注意し続けるうるさい司書を追い出し、ロビンはどこか愁いを帯びた表情を浮かべる令嬢の手を取った。

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