第56話 芋くさ夫人の見守り

 広間に近い客室の中、私はナゼル様やトニーと一緒に椅子に座っていた。

 ナゼル様は、トニーから捕まえた魔獣の話を聞いている。

 

 昨晩暴れた魔獣は、ナゼル様を狙って屋敷の庭に現れた。

 魔獣はスートレナの領主を憎んでいる。

 というのも、二つ前の領主に捕らえられ、一つ前の領主に虐待されていたからだ。

 前の領主の悪い噂はあちこちで耳にしたので、相当良くない人物だったのだろう。


「重要なことを黙っていて申し訳ありません、ナゼルバート様。罰するなら、どうか俺だけに。ヘンリーさんは無関係なんです、俺があの人に頼んだせいで」

 

 トニーは、いつもの彼からは予想できないくらい縮こまっている。

 鷹揚に頷いたナゼル様は、少し考えてからトニーに言った。


「魔獣に関しては安全と言えないから、しばらく檻から出せないよ。庭で様子を見ながら判断しよう」

「は、はい……」

「トニー、君が魔獣に会いに来るのは自由だ。それから、前領主の死亡に関してだけれど」


 トニーはゴクリと息を呑む。私も黙って二人の様子を見守った。


「俺もそちらに関しては事故で処理していいと思うな。事件となると大がかりな捜査が必要だし、君や君の家族が無事では済まない。今、ヘンリーに抜けられると大変というのもある」


 ナゼル様は小さく息を吐いた。


「そもそも、魔獣の一件は領主の怠慢が招いたことだ。このような処分は、王都では褒められたことではないけれど、ここは辺境だからね。幸い目撃者もいないし、大ごとにする必要はないだろう」

「ナゼルバート様! ありがとうございます!」


 泣きそうな顔のトニーは、その場で深々と頭を下げた。

 

 というわけで、馬に似た魔獣はしばらく、領主の屋敷の庭で飼うことになった。

 グラニという種類の魔物には、名前がないという。


「ナゼル様、名付けてあげますか?」

「トニーにお願いしようか」

「お、俺?」


 戸惑うトニーだけれど、まんざらでもないみたい。


「じゃあ、ダンクだ」


 スラスラと出てきたところを見るに、もともと候補があったのだろう。


「ねえ、トニー。ダンクは雄なの、雌なの?」

「雌です」

「そっかぁ……女の子! 勇ましい響き!」


 新月の夜は過ぎたし、あとで会いに行ってみよう。

 話を終えると同時に、事態を知ったヘンリーも屋敷に駆け込んできたけれど、彼も今後の処遇を聞きホッと息をついた。


「申し訳ございません、ナゼルバート様」

「いいよ、俺でも同じ判断を下した。それより、街全体の被害状況はわかったかな」

「まだ、全ては把握できておりませんが、このエリアが一番酷いでしょう。家を焼け出された人々には保障を……」

「もちろんだよ」

 

 私は二人の会話で悟った。ナゼル様は、絶対に少ししか眠っていない!

 いや、もしかすると、昨日から全く眠れていないかもしれない。ついでに、ヘンリーさんも。

 非常事態とはいえ、仮眠を取ったほうがいいのでは……?

 しかし、話を終えるとナゼル様は私のほうを向いて言った。

 

「アニエス、約束通り、避難所を片付けたら時間を」

「あ、はい。ですが、私が避難所の対応をしている間、ナゼル様とヘンリーさんは少しでも眠ってください」

「えっ?」


 二人が同時に意外そうな声を上げるが、今寝なくていつ寝るというのか。

 

「ちょうど隣の部屋にソファーがありますから、ヘンリーさんも横になって。ナゼル様はお部屋に戻る!」

「アニエス?」

「問答無用! 連絡は私が聞いておきますから」

 

 ヘンリーさんを隣の部屋に閉じ込め、ナゼル様を強制的に寝室へ追い払う。

 腕まくりをした私は、いそいそと避難所へ向かうのだった。

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