第47話 芋くさ夫人、騎獣大好き仲間ができる

 ケリーやトッレの協力もあって、思ったより早く厩舎が完成した。

 新しい厩舎「ジェニハウス」は日当たりの良い広い場所に作り、周りにはナゼル様の開発した花を植えている。この花はワイバーンが食べても大丈夫な種類だ。

 小屋の中も快適仕様でふっかふかの改良藁ベッドつき。

 改良藁もナゼル様の生み出した植物だが、彼が創る植物は一代限りの制限をつけられるのでスートレナの生態系が変わることもない。フルーツも種なしだ。

 

 辛気くさい昔の厩舎は、大きくなったトッレに取り壊してもらった。

 厩舎というよりも頑丈な檻みたいだったし、壁に血痕っぽい染みがついていたし、不気味だったので。はー、スッキリ!

 

 ナゼル様は過去に農業の勉強もしていたようで、領主の屋敷の畑は拡大する一方だ。今では各種薬草なども生えている。

 私の魔法で強化した薬草を使用したところ、通常以上の効果が得られたらしい。

 しかし、薬が強すぎる場合もあるので、利用は医師の判断に任せなければならない。保存期間が大幅に伸びたことは喜ばれた。


 ワイバーンの騎乗については、現在街の騎獣小屋まで行って練習している。

 生態は本を読んで知っていたので、ジェニもそれに該当するかを確認していった。

 それから乗り方や降り方、歩かせ方や止まり方の練習を終える。

 ジェニがお利口だったため、地上での訓練はあっという間に終わってしまった。

 飼育員さんが「驚異的な覚えの良さです!」と、私を褒めてくれたので嬉しい。

 

 あとは飛行訓練だが、そちらは夫婦で一緒に行う予定。

 ナゼル様は昔、騎乗指導もしていたそうだ。

 彼は魔獣対策で毎日忙しく、なかなか時間を取れない。告白もまだできていない状態だ。

 私自身も柵や建物の強化、ワイバーンの騎乗訓練、屋敷の整備など多忙である。

 でも騎獣に乗るときなら二人きりだし、邪魔は入らないはず……

 

「さて、ジェニを迎えに行きましょう」

 

 今日のうちにジェニを引き取る予定だ。

 ジェニハウスの最終点検を済ませた私は、まだまだ元気なトッレを伴って街へ出た。

 まっすぐ街の騎獣小屋へ向かい飼育員さんを探す。いつもは小屋の外で待っていてくれるのだけれど姿が見当たらない。

 

「約束の時間より、少し早かったかしら?」

 

 一番手前の扉が開いていたので、そっと中の様子を窺う。小屋には誰かがいる気配がした。

 

「すみません、アニエスですけれど。ジェニを迎えに来ました」

 

 声をかけたが返事はない。

 しびれを切らすのが早いトッレが「たのもー!」と、ずかずかと小屋の中へ足を踏み込んでいく。

 

「トッレ、勝手に入っちゃ駄目でしょ」

 

 迷ったあげく、私はトッレを追って連れ戻すことにした。

 騎獣たちを驚かさないよう静かに歩を進めて奥へ向かうが、トッレの足が速すぎて追いつけない。

 歩幅の差が悔しいと思っていると、黙々と歩くトッレが足を止めた。誰かを発見したみたいだ。

 けれど、慌てて彼に並ぶ私が見たのは……

 

「いいこでちゅねー! 今日も元気でちゅねー!!」

 

 天馬に赤ちゃん言葉で話しかけるトニーの姿だった。


「ええー……」

 

 もしかして私と同類の騎獣好きだったの?

 騎獣好きに悪い人物はいない、たぶん。私の中でトニーへの好感が一気に増した。

 けれども、トッレは自分たちに気づかないトニーに業を煮やしたようだ。

 

「げふん、げっほん、ごっほん、ぐえっへん!」

 

 わざとらしく咳き込んで自らの存在を主張するトッレ。「領主夫人の出迎えに来ず、騎獣と戯れているとはどういう了見だ」という彼の心の声が聞こえる気がする。

 でも、今は自分たちの存在を相手に示す場面ではない。

 

「駄目よトッレ。ここは見なかったフリをして、そっと去るべきシーンなのよ」

 

 残念ながら、トニーはこちらに気づいてしまったようで、ギギギと硬い動きで振り返っているけれども。

 

「しかし、奥様! 今日この時間に訪問することは約束していたはずです! それを放置して、こんな場所で遊んでいるのを許せと言うのですか?」

 

 トッレの言いぶんもわかる。わかるのだけれど……

 

「普段はツンと悪ぶっているのに、他人に赤ちゃん言葉を聞かれてしまったトニーの気持ちを察してあげて」

 

 誰にも知られたくなかったよね? トニーの普段が普段なだけに。

 

「お、奥様っ、なんとお優しい! トッレめは感動いたしました!! しかし、トニーが今の奥様のお言葉でさらにダメージを受けているようですが?」

 

 私たちのやりとりを、ごっそり表情の抜け落ちた顔で眺めるトニー。

 

「大丈夫よトニー、このことは誰にも言ったりしませんから。私たちは騎獣大好き仲間ですもの!」

 

 急用で一時的に持ち場を離れていた飼育員さんが戻るまで、トニーは床に膝をついたまま固まり続けていたのだった。

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