第48話 ワイバーンがやって来た

 そうして、私はワイバーンのジェニを屋敷にお迎えした。

 私は一人で空を飛べないため、トニーがジェニを屋敷の庭へ運ぶ。

 必要なお世話セットやジェニのお気に入りのクッションをもらい、私は再びトッレと屋敷へ戻った。

 

 ちょうど庭についたところで、空からジェニとトニーが降りてくる。トッレが整備してくれた庭は、不要なものがなくなってスッキリした。今ならどこでも着地し放題だ。

 意地悪なトニーも、赤ちゃん言葉を聞かれたのが気まずかったのか素直に動いている様子。

 

 屋敷へ来たジェニは木の厩舎を気に入ったようで、さっそく中へ入った。

 ピンク色の翼を折りたたみ、ふかふかの改良藁のベッドで横になる。

 

「可愛い。あとで人参をあげましゅね?」

 

 デレデレが止まらず、始終にやけながらトニーにお礼を言った。

 

「トニー、ジェニを連れてきてくれてありがとうございます」

「はいはい」

 

 視線を逸らして返事をするトニーは、いつもどおり悪ぶっている。先ほど赤ちゃん言葉を聞かれたから、余計に虚勢を張っているのかもしれない。

 だから、私は彼に安心してもらおうと思って応えた。

 

「大丈夫、あのことは誰にも言わないから。私たちは騎獣愛好家仲間だもの、これからも共に騎獣を愛で続けましょう」

 

 にっこり笑えば、街の騎獣小屋にいたときと同じようにトニーがうろたえ始める。

 真っ赤な顔で口をはくはくと動かすトニー。近くではトッレが「奥様に感謝しろ」という言葉をトニーに投げかけていた。

 

 トニーは恥ずかしさを誤魔化すように領主の屋敷の庭を見渡す。大丈夫、私はわかっているから。

 そして彼は、「ずいぶん屋敷や庭の雰囲気が変わった」と感慨深げに呟いた。

 そういえば、彼の両親は前の領主の元で働いていたと聞いた。トニー自身も、屋敷に出入りしていたみたいだ。

 

「それじゃ、アニエス様。次の用事があるから俺はもう行きます」

「騎獣のお世話?」

「魔物討伐の打ち合わせですよ。もうすぐ新月ですから」

 

 トニーの専門は魔物退治で、いつも率先して人々を守っているとヘンリーさんから以前聞いた。

 彼の魔法は魔物退治に欠かせないため、魔物退治に関しては重要な立場にいるらしい。

 

「お疲れ様。気をつけてね」

 

 手を振って見送ると、トニーは決まり悪げな様子で足早に去って行った。やはりツンツンしている。


 ※

 

 しばらく経って、トニーと入れ違いになるようにナゼル様が帰ってきた。

 昨日は仕事が終わるのが遅かったので、今日は早めに屋敷へ戻ったようだ。

 

「ただいま、アニエス」

 

 庭に立つ私に気づいたナゼル様が歩いてきたので、私も彼に駆け寄る。一緒にいられる時間が増えるのは嬉しい。

 

「おかえりなさいませ、ナゼルさ……きゃっ」

 

 最後まで言い切らないうちにギュッと抱きしめられる。一緒に庭にいたトッレの「おお、大胆な!」という声が後ろで聞こえた。

 最近のナゼル様はハグが多くて、私は毎日ドキドキしっぱなしだ。

 

「はあ、アニエスは俺の癒やしだよ。今日はずっと傍で過ごして欲しいな」

 

 私をギュッと抱きしめつつ、「癒やされる」を連発するナゼル様は、本当に疲れている様子。可哀想なので私は彼の頭を撫でてあげた。

 

「ナゼル様、お部屋に行きましょうか。少し眠っては?」

 

 しかし、ナゼル様は私の手に頭を押しつけたまま首を横に振った。

 

「嫌だ、今日はアニエスとワイバーンに乗ろうと思っていたのに」

 

 珍しく我が儘を言うナゼル様。こんなことは、初めてではないだろうか。

 私と過ごして彼のストレスが軽減されるのなら一緒に空を飛びたい。

 

「飛行訓練を楽しみにして激務に耐えた。新月が近いから、時間の取れるときはアニエスと一緒にいたいんだ」

「嬉しいです。では、よろしくお願いします、先生!」

「……う、うん?」

 

 先生と呼んだら照れてしまったのか、ナゼル様の顔が赤くなった。でも、なんとなく喜んでいそうで、メイド服を着たときと同じような反応をしている。

 私はさっそくナゼル様の手を引いてジェニのところへつれて行った。ナゼル様とジェニは初対面なのだ。

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