第46話 婚約者を奪われた騎士の辺境スローライフ(トッレ視点)

 トッレは充実した日々を送っていた。少し前までは婚約者に振られ、王都で傷心の日々を過ごしていたのだが。

 友人ジュリアンの勧め、そしてとある人物の依頼により辺境スートレナへやって来て十日。

 

 現在十八歳のトッレは伯爵家の三男、父と兄は宮廷貴族である。

 体力も筋肉も有り余っているため、辺境への旅も苦痛ではない。

 

 石の砦を取り巻くように広がる中心街、その外れにスートレナ領主の屋敷は建っていた。

 前領主イーブル侯爵が治めていたときの噂は聞いている。作物が育たず魔獣が跋扈する荒れた土地だと。

 

 しかし実際はどうだろう、王都に比べると殺風景と言わざるを得ないが、ここ一カ月で食糧事情が劇的に改善されつつあるという。魔獣よけの柵も順調に建設され、騎獣や家畜の被害も減った。

 それらはトッレの憧れの先輩、ナゼルバートの功績だ。

 

 トッレは王都の騎士団所属だが、数年前までナゼルバートもそこにいた。

 的確な指示を出し自らも魔法で戦う彼はとても強く、トッレだけでなく騎士団全体の誇りだった。彼なら王配として申し分ないと騎士たちは喜んでいたのだ。

 だから、婚約破棄の噂を聞いたときは信じられない思いがした。表には出せないものの、トッレはミーア王女や新しく婚約者になったロビンを疑っていた。

 

 すると、ナゼルバートが王都を去ったあとから、続々と問題が発生し始めたのである。

 何故誰も王女を止めない? どうしてロビンは野放しにされている?

 陛下は、二人の王子殿下は一体何をやっているのか?

 

 憤っていた矢先、婚約者のリリアンヌがロビンに誑かされるという事件が起こった。

 素直で大人しく穏やかな彼女が不貞を働くなんて信じられない。

 だが、あの男はそれがリリアンヌの本性ではないと言った。本当の彼女は明るい性格でトッレの前の姿は貞淑な婚約者を装っているのだと。

 

「何故だ、どうして俺に真実を話してくれなかった」

 

 悔やむトッレだが全てはもう手遅れ。とはいえ貴重な婿入り先でもあるため、簡単に婚約破棄もできない。

 

 かつて強い力を持った王が臣下の婚約者を奪った例は存在した。

 だが、ロビンは元庶子の男爵子息にすぎない上に、リリアンヌと結婚したいわけでもない。トッレは彼の意図がわからなかった。

 

 泣きながら騎士団宿舎の隅で筋トレしていると、知らない人間に声をかけられた。

 その人物は金髪に緑色の瞳、口元にほくろがあり華やかな顔立ちをしている。

 一見して高貴な身分の者だと判別できる姿たが、見たことのない貴族だった。

 

「……誰だ?」

「私か? ただの引きこもりだ」

「俺になんの用だ。うさんくさい奴だな」

「うさんくさくない、うさんくさくない。私はれっきとしたこの城の住人だ。理由があって堂々と表には出られない身だが。ときに、君は傷心中のようだな」

 

「ああ、もう噂が広まっているのか。そうだ、ロビンに婚約者を奪われそうになっている」

「おかしなことだな。あやつは、すでに婚約した身だろうに」

「うう、リリアンヌ……」

 

 謎の人物はトッレを同情の目で見つめた。

 

「君は少し王都から距離を置くべきだな。私の頼みを聞いてくれないだろうか。辺境の知人のもとに向かって欲しくて」

「何故俺が。そもそも貴様は誰だっ」

「ここではなんだから、部屋に来てくれ。そこで目的を明かそう。泣きながら隠れて筋トレしているくらいだから暇なのだろう」

 

 うさんくさいという気持ちを拭えないまま、トッレは謎の人物に続いた。

 彼にはなぜか逆らえない雰囲気がある上に、王女や第二王子と同じ金色の髪を持っていたからだ。


 そうして諸々の事情を抱え、トッレは辺境スートレナに滞在している。

 ナゼルバートは快く受け入れてくれ、トッレを彼の妻である芋くさ令嬢の護衛に任命した。「芋くさ令嬢の護衛かよ」と、内心憂鬱だったトッレだが、現れた領主夫人はめちゃくちゃ美少女だった。

 絹のような銀髪に薔薇色の瞳、背は同年代の女性と比べるとやや高く健康的な体つきだ。

 さらに彼女は素晴らしい魔法の素質を秘めていて、献身的にナゼルバートを支えている。

 

「まさにナゼルバート様に相応しい奥様だ。王女なんかよりずっといい!」

 

 トッレは感動し、真面目に護衛の役目を果たそうと、自分の中で勝手に誓いを立てた。

 そうして今……

 

「フンぬぅ~っ!」

 

 領主の屋敷の庭で巨大な壁を作りながら、トッレは額に輝く汗を拭った。

 自分の足下では、領主夫人のアニエスが嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねている。

 

「アニエス様、危ないので少し離れていてください。誤って踏み潰しでもしたらナゼルバート様に顔向けできません」

「わかったわ」

 

 現在、トッレは巨大化の魔法を使い魔獣用の厩舎を建設している。アニエスがワイバーンを迎えるからだ。

 領主の屋敷に厩舎らしき建物はあったが、日の差さないジメジメとした場所に建ち、お世辞にも衛生的とは言えない環境だった。さらに崩れかけた石の厩舎は牢獄のような様相を呈しており、陰鬱な景観に拍車をかけている。

 こんな場所にワイバーンを住まわせたくないというアニエスの意見には、トッレも賛成だ。というわけで日当たりの良い場所に新しく厩舎を建てることにした。

 

 材料はアニエスが魔法で強化した淡い色の木材。それをトッレが魔法を使って組み立てている。

 トッレの魔法「巨大化」は自身の体を三倍まで大きくできる魔法で、体の大きさに伴い力も増幅できる優れたもの。騎士団にいた頃はとても重宝していた。

 さらにこの魔法は建築にも役立つので、突貫の防壁作りでも喜ばれた。

 ただし弱点もある。

 

 魔力消費が多いので一日三回、約三分しか巨大化できないのだ。現在魔法の使用時間を増やそうと、毎日筋トレしている。

 アニエスと、離れた場所に立つケリーの応援を受けながら、トッレは機嫌良く厩舎を建てていくのだった。

 

 それにしてもケリー……さりげなく厩舎の設計図を書くなんて、メイドなのに有能すぎではないか?

 さすがは、あの方が密かに遣わした人材だと感心しつつ、トッレは順調に厩舎を建築していくのだった。

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