第38話 芋くさ一家、集結する
ナゼル様に手を引かれ、引き続き私はパーティーの参加者たちに挨拶して回っていた。
スキャンダルが大好きな貴族が、ひっきりなしにナゼル様に声をかけてくる。
意地悪だなあ……! 新たなネタを引き出そうとしているのが、丸わかりなんだから。
でも、微笑みながら、余裕で彼らを躱しているナゼル様は、ただ者ではない雰囲気があって素敵だ。
それにしても、先ほどから、なぜか男性陣が、やたらと私を褒めそやすんだよね。
意外に第二王子と親しいナゼル様への、おべっかなのだろうけれど。話のダシに使われるのはいい気がしない。
うんざりしながら貴族同士のやり取りを繰り返していると、何やら見覚えのある人物が、音もなくスウッと近づいてきた。
私と同じ髪と目の色の少年で、身長は低く、かっちりした重い上着の下には、真っ白のぴったりとしたタイツをはいている。
彼は、魔法の力で体を地面から浮かせながら移動しており、滑るように私のすぐ前まで来ると、ねめつけるような目でこちらを見据えた。私は僅かに身構える。
「恥知らずな女が注目を浴びていると思えば、姉上でしたか」
「……ポール、あなたも参加していたのね」
嫌味を交えて話しかけてきた彼は、私の年の離れた弟、ポール・エバンテール。
エバンテール家の嫡男で現在十二歳。そろそろ婚約者を見つけてもいいお年頃。
実家の厳格な思想に染まっているポールは、家の方針に反抗ばかりする私をできの悪い姉だと蔑んでいる。だから、彼はいつも、私に対して辛辣な言葉を吐くのだ。
ちなみに、弟は私のすっぴんを知っているので、今の格好でも姉だとわかったのだろう。
「王女殿下のパーティーで恥をかき、家を勘当されただけでは飽き足らず、外で浮ついたはしたない格好をして。なんですか、その軽薄で雑な化粧と、安っぽいドレスは! あれだけ母上に注意されていたのに!」
ぴったりと肌に貼り付く白タイツをはき、空中に浮いているほうが、恥ずかしいと思うのだけれど。
弟が大きな声を出すものだから、またまた周りの注目を浴びてしまった。
「淑女とはほど遠い! 我が家の恥だ!!」
ポールは、どや顔だった。「言ってやったぞ」という満足感が透けて見える。
周りの貴族は皆、ドン引きだった。
「ポール。私は勘当された身だから、エバンテール侯爵家とは、もうなんの関係もないのよ」
私は弟に事実を告げる。
恥だろうがなんだろうが、元の芋くさ令嬢の姿に戻る気はない。
すると、弟の後ろから、父や母もやって来た。エバンテール家全員が勢揃いだ。
とても目立ってしまうため、周りの貴族は引き続き、私たちに注目している。
父の「女は愚かなほうが良い」という意見で、政治的な知識を一切与えられずに育った私だけれど……ナゼル様と一緒に過ごすようになり、様々な情報を耳にする機会があった。今のエバンテール家の置かれている状況は、なんとなくわかる。
うちの家は第二王子派だから、以前、私に第二王子との婚約を勧めていたのだ。
まあ、今さら、どうでもいい話だけれど。
弟は、浮きながら一歩ぶん下がり、重苦しい衣装の両親が私の前に進み出る。
母は曾祖母のドレス、父は弟と一緒で、ぴたっと肌に密着した白タイツをはいていた。
「アニエス、お前という娘は。また、こんな場所で恥をさらしているのか!」
父が怒りで真っ赤になった顔で、私を指さす。いきなり殴られないだけマシだな。
続いて、母も甲高い声で叫んだ。
「まあ、アニエス! なんて下品なドレスなの! それに、素顔がわかるようなお化粧をして、恥を知りなさい! あんなに殿方の注目を集めて、みっともない!」
注目云々はナゼル様が原因だと思うし、素顔がわからない化粧のほうが問題があるのよ……と、ここで言っても彼らは納得しないだろう。両親も弟も、エバンテール一族の思想にどっぷりと漬かっているのだから。
時代に合わせてルールを変えず、思考を停止して惰性でそれに倣っているだけ。
結果、場違いでズレた一族として、周囲からキワモノ扱いされている。
――エバンテール家は、やっぱりおかしい。
こうして外に出たからこそ、知れた世界がある。
芋くさ令嬢と呼ばれていた当時の私も、やはり普通の状態ではなかった。
昔の私は、両親の命令に逆らうことができず、文句を言って反抗しつつも、結局は指示された格好で出かけていたのだ。
……もっと他に、やりようがあったかもしれないのに。
「もう同じ轍は踏まない」
私は私で、エバンテール家に都合のいい道具ではない。家を出されたのなら、尚更だ。
「エバンテール侯爵、侯爵夫人。私は勘当されている身なので、あなた方の一族とは関係がありません。どうか、放っておいてください」
しかし、ここで引き下がるような両親と弟ではない。
勘当したとはいえ、元身内に、しかも娘に反抗され、余計に腹を立てたみたいだった。
「偉そうなことをぬかすな! お前は黙って、我々の言葉に従っていればいいんだ!」
「そうですよ。そんなだから、お姉様は自分の婚約者さえ、まともに見つけられなかったのです」
いやいや、エバンテール家のルールを守っていたからこそ、通常状態に輪をかけて婚約者候補に逃げられる日々を送っていたのですよ?
それに、勘当しておいて「従え」だなんて、ちょっと自分たちに都合が良すぎではないですか?
「お父様、お母様。この年齢まで、私を育ててくださったことには感謝します。しかし、もう関わらないでください。私と一緒にいると、あなたたちの品位まで下がってしまいますよ?」
さっさと、どこかへ去ってくれないかなと思いつつ、言葉を返したのだけれど……
父の顔がさらに真っ赤になってしまうだけの結果に終わった。
「このっ! 女のくせに、小賢しいことを言いおって、外で余計な知恵を付けてきたな!」
どうしよう、元家族との会話がまったく成り立たない。
というか、私を外に追い出したのは、あなたたちでしょうが!
「生意気な娘だ。二度とそんな口を叩けないように躾けてやる!」
またしても、頭に血が上ったのだろう。
他に大勢の人々がいるのもお構いなしに、父は大きく腕を振り上げた。
――殴られる!!
いつも受けていた暴力を思い出し、私は体を丸めて固く目をつむった。
しかし、いつまで経っても衝撃は訪れない。
「……ん? あれ?」
うっすらと目を開けて確認すると、予想外の事態が起きていた。
私の前に、すらりとした背中が見える。もしかして……
「……っ!? ナゼル様!?」
私を庇うように立つナゼル様が、父の拳を片手で受け止めていた。
あのパンチを軽々と防ぐなんて、ナゼル様は相当強い人なの?
王女の婚約パーティーで突き飛ばされていたので、てっきり荒事は苦手なのだと思っていた。
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