第37話 芋くさ夫人、チラ見される
レオナルド様は一瞬目を見開いたが、すぐに冷静な顔に戻った。
「失礼した」
それにしても、レオナルド様は、ものすごく私を見てくる。
前に王城で会ったときは、見向きもしなかったのに。
「ナゼルバートのことだから、どんな妻でも蔑ろにしないのはわかっていたが。想像以上に仲が良さそうで安心した……おい、睨むな。誰もお前の妻を取ったりしない」
「殿下、誰も睨んだりしておりません。でも、アニエスと仲が良いのは事実です」
ナゼル様は、にこにこと笑っている。険悪な空気はない。
第二王子は嫌なことを言って攻撃してくる人ではなさそうで、少しだけホッとした。
彼のおかげで、ナゼル様のアウェイ感が僅かに薄れている。
「また、お前と話がしたい」
「いつでも、喜んで」
にこにこ、にこにこにこにこ――
ただ笑い合っているだけに見えなかったのは、気のせいかな?
大勢の人が集まる場所なので、当たり障りのない話しかできないのだろう。
現に彼らは、今も女性たちから熱い視線を浴びていた。
レオナルド様は他にも挨拶がある。
私たちはまた腕を組み、その場を離れたのだった……と思ったら、向こうから会場の提供者である伯爵家の息子がやってきた。近くには、彼の妻もいる。
伯爵令息である彼は、過去に公衆の面前で私を袖にして大恥を掻かせ、傍にいる妻も一緒になって芋くさ令嬢の私を嘲笑していた。今となっては、古くて苦い思い出だ。
ちなみに当時、妻のほうは子爵令嬢だった。
「これは、ナゼルバート様。ようこそ、我が家の庭へ」
そう言って、伯爵令息は私をチラ見した。
チラ、チラ、チラッ!
さすがに、そんなに見られたら気づくんですけど。
ナゼル様には以前、私が彼にわかりやすく振られたことを伝えている。
彼も伯爵令息のチラ見は気になっているようだ。そして――
「これはこれは、ヤラータ殿。ご結婚おめでとうございます」
ほわわんとした笑顔で、祝辞を述べた。
さすが、ナゼル様! 私もお祝いを言っておこう。
あまり、過去のことを引きずっては駄目だよね。
「おめでとうございます」
あれ? 伯爵令息のヤラータ様が、何か物を言いたそうな、微妙な顔になっている。
「どうかしましたか?」
尋ねると、彼は慌てて「いいえ、なんでもないです!」と赤い顔で答えた。
ヤラータ様はナゼル様と会話している間、ずっとチラチラとこちらを見てきて、彼の妻が、怒った顔で夫を睨んでいた。
少しして、ナゼル様が「行こうか」と告げて私の手を引く。
ナゼル様と一緒だと、とても心強い。
私は彼に手を引かれるまま、引き続き会場を移動するのだった。
※
伯爵令息ヤラータは後悔していた。
婚約を拒否し、打診を白紙に戻した令嬢が、ものすごく美しくなって目の前に現れたからだ。過去の彼女とは、まるで別人だった。
「あれが芋くさ令嬢とか……詐欺だろ」
エバンテール家は、社交界で煙たがられている古風で頭の固い貴族だ。
そこの女たちは全員、お化けのような濃い化粧をしている。白い顔、青い瞼、赤い頬と唇。黄ばんだドレスが目印なので見ればわかる。
いくら身分があっても、そんなのと結婚だなんて、社交界のいい笑いものだ。
絶対にごめんだった。
打診を承諾するためのパーティーで逃げに逃げ、そこそこ美人で気の合った子爵令嬢と急いで婚約を結んだというのに。
回避できたと喜んでいたのに。
「……逃した魚が大きすぎる」
ヤラータはガックリうなだれ、ナゼルバートと仲睦まじく歩いて行くアニエスを見送った。
「それにしても、まさか、あのナゼルバート様が特定の女性に入れ込むなんてな。異性に興味がなく、ストイックな印象だったが」
美人のアニエスから目が離せず、チラチラと見ていたら笑顔で威嚇された。
あれは本気だ。
そして、背後から妻となった子爵令嬢にも尻をつねられた。
急いで結婚した妻だが、ものすごく我が儘で金遣いが荒い。なにより怖い。
ヤラータとの結婚も地位が目当てで、出会ったときは猫を被っていたのだと、今ならわかる。
しかし、すでに籍を入れてしまった今、恐妻から逃れることはできなかった。
「芋くさ令嬢で思い出したが……そういえば、今日はあの人たちも来ていたな」
恐妻から視線を逸らしながら、ヤラータは古くさい衣装を着た、目立つ一家を思い浮かべた。
一人でもあれだけれど、集団になると迫力が半端ないよな……などと考えながら。
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