第36話 芋くさ夫人、人違いされる

 整然と並ぶ木々に風に揺れる花々、刈ったばかりの芝生に置かれた真っ白なテーブル。その上にはおいしそうなケーキやフルーツが載せられている。

 人でいっぱいの屋敷の庭は、お洒落な服装の楽しそうな人々で溢れていた。

 

「うう……気後れする」

 

 会場の入り口から中をのぞき込んだ私はブルリと身を震わせる。

 そう、ついに第二王子主催のパーティーの日がやって来たのだ。

 

 会場はスートレナ領と王都の中間。よりにもよって、私をこっぴどく振った伯爵令息の家だった。あのあと、貴族令息は、当時の会場で始終一緒にいた令嬢と結婚したらしい。

 そんな場所を選ぶなんて……第二王子は鬼畜だ。

 私が盛大に振られた場所だとは、知らないので仕方がないけれど。

 固まっていると、ナゼル様が声をかけてきた。

 

「大丈夫かい、アニエス。馬車で休んでいてもいいんだよ?」

「いいえ。平気です、ナゼル様」

 

 この日のために、ケリーが素敵なドレスを選んでくれたのだ。

 オーダーメイドは間に合わなかったけれど、以前の姿に比べれば百倍マシ。

 自分の見た目に自信はないが、ケリーの腕は信用できる!

 芋くさ度がいくらか減った姿を見せ、ナゼル様の汚名を少しでも濯がなければ。

 今の彼は、醜い芋くさ令嬢を妻にしたと嗤われているのだから。

 

「それじゃあ、行こうか」

「はい、ナゼル様。どんと来いです」

 

 受付を済ませた私たちは、腕を組んで会場の中へと足を踏み込む。

 ――よし、夫婦らしく行こう!

 会場に入った瞬間、たくさんの視線が飛んできた。

 

「見られていますね」

 

 私たちは、とても注目を浴びている。

 皆、こちらを眺めてヒソヒソと何事かを話し始めていた。

 隠す気がないのか、私の耳がいいのか、全部聞こえるのだけれども。

 

『おい、ナゼルバート様だ。招待されているのは知っていたが、本当に来たのか』

『王女殿下とロビン様に不敬を働いたのではなかったの? 罰として辺境に飛ばされたのでしょう? 今はスートレナ領を治めているらしいって……』

『それは事実だ。今回彼らを呼んだのは、第二王子殿下らしいぞ。パーティーは第二王子派の集まりだ。敵の敵は味方という意味で招待されたのでは?』

 

 ギュッとナゼル様の手を握り、会場の中央へと進んでいく。

 

『それにしても、ナゼルバート様の連れている美しい女性は誰かしら? 見ない顔だわ』

『噂では、例の芋くさ令嬢と結婚したのではなかったか? 俺は以前、彼女を見たことがあるが、もっと恐ろしい姿だった』

『ということは、まさか愛人!?』

 

 なんだか、とんでもない話になってきている。

 ええぇ……私、本人なんですけど。

 

『やっぱり、芋くさ令嬢じゃ物足りなかったのね!』

『だとしても、第二王子が参加するパーティーに愛人を連れてくるだなんて非常識だ』

『でも、美人よね。どこの誰なのか、紹介していただきたいわ』

 

 うえええぇ……どうしよう。駄目な方向に誤解が広がっている。

 けれども、ナゼル様は気にするそぶりを見せず、私を中央の席へ連れていく。

 そこには、件の第二王子がいた。

 

 ナゼル様と王子は顔見知りのようで、向こうもこちらへ歩いてくる。

 昔、ナゼル様はレオナルド様に勉強を教えていたことがあるんだって。

 

 十八歳の第二王子――レオナルド様は、短く切りそろえた金髪に青い目が特徴の王子様だ。いつも冷めた目でいて、何を考えているのかわかりづらい人……というのが、私の印象だった。

 

「久しぶり、ナゼルバート」

 

 淡々と話しかけるレオナルド様に、ナゼル様は恭しく挨拶する。私も彼に倣った。

 

「姉の件では苦労をかけた。まともな人材が、また一人減ってしまって王宮側も困っている。ところで、今日は妻を連れてきていないの?」

 

 そう言って、レオナルド様は私をじっと見る。

 妻はここですよー。というか、レオナルド様。あなたとは以前お会いしたことがあるのですけれどー?

 ひょこひょこと動いて、視線で訴えていると、ナゼル様がコホンと咳払いして口を開いた。

 

「隣にいるのが妻ですが、何か?」

 

 瞬間、パーティー会場に沈黙が落ちた。

 続いて、波が広がるようにざわめきが大きくなっていく。

 

『えっ、どういうこと? 愛人じゃないの?』

『でも、妻は芋くさ令嬢なんじゃ……離婚したという話も聞いていないが!?』

『待って、言われてみれば、あの女性、芋くさ令嬢と髪の色が同じじゃない?』

『珍しい髪色ではあるが。まさか……』

 

 はい、そのまさかです。

 おずおずと、私はレオナルド様に話しかける。

 

「あの、私がアニエスです。お化粧を変えたら、こんな顔になるんです」

 

 会場の至るところから、悲鳴が上がっている。私をこっぴどく振った貴族子息や、私を馬鹿にしていた貴族令嬢たちも叫んでいた。

 

 そんなに驚かなくてもいいのに……

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