第35話 夫婦宛ての招待状

 現在、私は辺境スートレナの街を、ナゼルバート様と一緒に視察していた。

 今回は領地の中心部ではなく、少し外れた場所を青いワイバーンに乗って回っていて、砦や屋敷のある街を離れ、領地の東側の町や村に向かっている。

 

 眼下には、家畜や騎獣の放牧地が広がっていた。畜産業を営んでいる者がたくさんいるのだ。

 放牧地の向こうには魔獣の生息する森があるので、ここも被害が多い場所である。

 家や柵の一部が壊されているなど、ところどころに、その爪痕が残っていた。

 

「それにしても、一面の緑。牧草地と森ばかりですね、ナゼル様」

「そうだね。牧草地ばかりで畑がないのは、この国では珍しい光景だけれど」

 

 国の南側に位置するスートレナは比較的温暖な気候で、作物は実りにくいが雑草はたくさん生えている。

 ナゼルバート様は現在、土そのものを改良する植物を開発中だ。

 今日、来たのは別の目的だけれど。

 

 訪れたのは騎獣の天馬を生産する、とある村だった。

 近頃魔獣被害が多く、騎獣が襲われる事件があとを絶たないのだとか。

 騎獣は貴重なため高値で取り引きされるが、育てるのにもかなりの手間と金がかかる。

 国や貴族との取り引きもあるので、これ以上被害を増やすわけにはいかないのだ。

 領地の大事な収入源だものね。

 

「よしよし、運んでくれてありがとう。いい子でしゅねー」

 

 ワイバーンが地上に舞い降りると、村人が総出で私たちを出迎えてくれた。

 それにしても……ワイバーンから下りる度に、ナゼル様に抱き留められるのは恥ずかしい。慣れてきたし、そろそろ普通に乗り降りできると思うんだよね。

 

 周りを見ると、柵や厩舎がたくさん並んでいる。

 天馬の柵は木製で、空から脱走しないよう天井がついていた。

 だが、損傷している箇所がいくつかある。森に住む魔獣に壊されたのだろう。

 柵を眺めながら、村人の一人が言った。

 

「昔は物質軽量化の魔法を使える奴がいてね。なんとか柵を修理していたんだが、年をとって亡くなっちまったんです。その後も、柵の補修に役立ちそうな魔法を扱える奴は現れずで。この村も老人ばかりなので、なかなか手が足りず、かといって人を雇う金もなく」

 

 可能な限り修復をしているが、柵自体も老朽化しているため、直した端から壊されて修理が追いつかないのだとか。

 

「それで、領主様、もっと頑丈な柵が手に入るというのは、本当なのですか?」

「ああ、私と妻で今日中に村の柵の補修に当たる。もちろん、厩舎もだよ」

 

 というわけで、さっそくお仕事だ。

 とはいえ、ナゼル様が優秀なので、私の仕事は比較的楽ちん。

 ナゼル様が改良した丈夫な植物を柵の周りに植え、私が物質強化の魔法をかける。

 それだけ。

 

「大きくなぁれ!」

 

 葉が少ないので日の光も入り込み、風通しも良い柵のできあがり。

 同じ手順であちらこちらの柵を強化し、昼過ぎにお仕事は完了した。

 あとは、魔獣駆除班の仕事みたいだ。駆除に駆けつけた人に交じって、トニーが見える。

 ……今日は真面目に仕事をしているみたい。

 そうして、数日かけて各所を回り、私たちは屋敷へ帰ったのだった。


 玄関を入ると、ケリーや使用人の皆が笑顔で出迎えてくれた。屋敷も見る度に綺麗になっている。

 

「ナゼルバート様、王都より、お手紙が届いております」

 

 ケリーが封筒を渡すと、ナゼル様の表情が僅かに曇った。

 

「……これは、王家の」

 

 小さく呟くと、ナゼル様は私の手を引いて仕事部屋に向かう。私は首を傾げながら、大人しく彼について行った。

 仕事部屋も、綺麗に片付けて使えるようになっている。

 もともとは、謎の裸像のコレクション置き場だったのだ。

 同じ人物の像ばかりだったので、私とケリーは「もしや、前の領主なのでは?」と、噂していたのだけれど。ナゼル様に相談すると、像を撤去するまでの間、私はその部屋に立ち入り禁止になってしまった。「アニエスの目に毒だ」とのこと。

 もう全部売ったので、安心だけれどね。金ぴかだから高く売れたよ。

 

 ナゼル様は手早く封筒を開けて手紙に目を通す。

 無言だけれど、表情が……なんとなく冷たいような?

 

「アニエス、君にも関係があるから、不本意だけれど伝えるね」

「あ、はい」

 

 なんなのだろう。そんな前置きをされると、聞くのが怖いのですけれど。

 

「第二王子からガーテンパーティーの招待状が来た。夫婦で参加するようにとのお達しだ」

「パーティー? 言っちゃなんですけど、私たちを呼んでしまってもいいのでしょうか?」

 

 実際は無実といえど、王都でナゼル様は罪人扱いだ。

 そんなナゼル様をパーティーに招待しては、国王の不興を買うのではないだろうか。

 でも主催者が第二王子だし……これは、もしかして。

 

「王女派と第二王子派で、しっかり派閥ができちゃった感じですかね? 第二王子、今まではそういうのに無関心みたいでしたけど」

 

 どちらかというと、権力争いに関わりたくなくて、存在感を消している印象が強かった。

 私は彼の婚約パーティーに参加した経験があるけれど、そこでもあまり力を持たない男爵令嬢と一緒にいた感じなんだよね。

 アダムスゴメス公爵令嬢が婚約者の最有力候補ではと言われていたものの、お互いにそれほど親しくはなさそうだった。

 公爵家は王妃の意見もあって、第二王子と距離を置いているのかも。

 王妃は自分の血を引かない子供を嫌っているから、第二王子を取り込むのは避けたみたいだ。

 

「第二王子は誰かに焚き付けられたのか、それとも別の意図を持っているのか……いずれにせよ、会ってみないことにはなんとも言えないね。場所は王都ではなく、知り合いの貴族の屋敷みたいだよ」

「ナゼル様は、参加されるのですか」

「さすがに、王子の召集は無視できない。アニエスは無理をしなくていいよ。参加者の中には、君が会いたくないだろう人物もいるし」

「いいえ、ナゼル様が向かわれるなら、ご一緒します」

 

 パーティーへ行って肩身の狭い思いをするのは、ナゼル様も同じ。

 自分だけ逃げるなんて、卑怯な真似はしない。

 

「私は、ナゼル様の妻ですから」

 

 微笑むと、ナゼル様は立ち上がり、椅子の後ろから私をぎゅっと腕に閉じ込めた。

 ……最近、抱きつき多くない?

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