第21話 芋くさ令嬢と変なお屋敷
「大体の話は聞いているよ。もともといた領主一家は魔物の被害で亡くなられ、代わりにこの地を治めることになった次の領主も長続きせず、さっさと引退して今は王都にいるみたいだね」
「そうです。領主には跡継ぎがおらず、王都から派遣された親戚筋の貴族が新しい領主になったんですが、体調を崩して息子に家督をお譲りになり、あとを継いだ未婚の息子も魔獣に襲われて亡くなってしまい。そのうち、スートレナの領主になると呪われるという噂が立ち……」
最後の領主の死は、それは凄惨なものだったらしい。
誰も領主になりたがらず、次が決まるまでヘンリーさんが諸々の業務を代わりに行うことになったという。
それが、思いのほか上手くいったためか、次の領主は慎重に決めるということで、今まで放置されていたとのこと。
そうして、現在に至るということみたいだ。
ナゼル様は呪われた領主の位を、これ幸いと押しつけられてしまったの?
でも不思議だ。領主って、そんなに魔物に襲われるものなのだろうか?
辺境は魔物の被害が多いと聞くけれど、相当酷いのかもしれない。私も気をつけよう!
「私は追放された身だが、この地の領主となったからには、できる限りの仕事をするつもりだ」
「ありがとうございます、ナゼルバート様。今日はお疲れでしょうから、お屋敷の方へ案内させていただきます。詳しいお仕事につきましては、明日以降ご説明しますね。なにぶん人手不足で、手が回らないことをお許しください」
「気にしないよ。ありがとう、ヘンリー。それより、君も疲れているようだ。立場上、難しいかもしれないが、休めるときに休んで欲しい」
ナゼル様も、ヘンリーさんの顔色が気になっていたみたいだ。
私たちは、さっさと屋敷へ向かった方が、彼の負担も減るだろう。
「じゃ、俺も帰りますね~」
私たちと一緒に部屋を出て行こうとしたトニーだけれど……
「待ちなさい、トニー。お前には話があります。逃がしませんよ」
青白く険しい顔つきのヘンリーさんに、トニーは日焼けした腕をしっかり掴まれている。
なぜだかわからないけれど、トニーまで青い顔になっていた。
※
砦で解散したあと、私とナゼル様は領主のお屋敷にやって来た。もちろん、ケリーも一緒だ。
広い屋敷は、この地を治める領主が住んでいる家で、これから私たちのマイホームになる。
私は大きな屋敷を見て息を呑んだ。
なぜだろう、辺境の屋敷だというのに、やたらと建物にお金がかかっている気がする。
代々領主が暮らしている家にしては外壁が新しい。庭には変な飾りが多いし。
「あの、ナゼル様。屋敷の窓から滝が流れているんですけど……すごいですね」
「俺も、こんな屋敷は初めて見たよ。滝は庭にある人工の川に繋がっているのか」
「カラフルな魚がいますね。建物に絡みついている植物の花も大きくて綺麗です。花びらが川に流れていて……」
でも、辺境は裕福ではない土地だと聞いているのに、なんでこんなに領主の屋敷が豪華なんだろう。
「アニエス、ケリー、屋敷の中へ入ろう」
「はい、ナゼル様!」
「かしこまりました」
揃って、大きな扉を抜けると、中もすごい光景だった。
「うわ~、ゴテゴテですね」
思わず、私は正直な声を漏らしてしまう。
「お金のかかっていそうな置物がたくさん。家の中にも川が流れていますし……」
「そうだね。手入れは、本当に最低限しか行き届いていないね。ほぼ、前の持ち主がいたときのままなのか……」
ナゼル様も戸惑いながらキョロキョロしていた。
「掃除のし甲斐がありそうです」
腕まくりをしたケリーは、すでに戦闘モードになっている。
「ケリー、無理しなくていいよ。一人で掃除をするのは不可能な規模だから。今日は君も疲れているだろうし。とりあえず、アニエスの部屋の確認だけしてあげて」
「はい。アニエス様とナゼルバート様のお部屋を、最優先で確認させていただきます」
そう言うと、ケリーは一人早足で屋敷の奥に進んで行ってしまった。
「最低限、掃除をしてもらう使用人が必要だね。この辺境で人材の確保をするのは難しそうだけれど」
「そうですね、ナゼル様。離れとは規模が違いますもんね」
「三人だけだし、こんなに広い屋敷は不要なんだけどね」
「前の領主の人、どうしていたんでしょうね」
しばらく遠い目をしていると、ケリーが戻ってきた。
「厨房とダイニングと浴室、夫婦の寝室と使用人部屋一室のみ、きちんと掃除がされています。本当に最低限ですね……とりあえず、本日はそこで過ごすのがよろしいかと」
「ありがとう、ケリー。君も休憩するといい」
「しかし……」
ケリーだって長旅で疲れているのは一緒だ。私もナゼル様に便乗して、彼女に休憩を勧めた。
「大丈夫。今日はもう休むだけだし、着替えは一人でもできるよ。食べ物はヘンリーさんが手配してくれていて、あとで運んでくれるみたいだから」
「では、後ほど浴室でのお世話だけいたします」
ぺこりとお辞儀したケリーは、自分の荷物を持って私たちを見送った。
私とナゼル様は、二人で自分たちの部屋へ向かう。
二人の荷物は、ヘンリーさんと話をしている間に、彼の部下によって予め運び込まれていた。
「それにしても……夫婦の寝室って」
まさか、まさかだよね? 中で部屋は分かれているんだよね?
恐る恐る、ゴテゴテした廊下を進んで行く。
二人で一緒の部屋とか、心臓がもたないんですけど!
「どうしたの、アニエス? 行くよ?」
もたもたしていると、ナゼル様はきゅっと私の片手を握った。
彼と手を繋いだことはあるけれど、やっぱり少し緊張する。
私はナゼル様を、出会ったときから素敵な人だと思っていたし、こうして一緒にいられるのは嬉しい。
けれど……きっと、ナゼル様はそんな風には考えていないだろうな。
嫌われていないのはわかる。
けれど、彼が私に対して恋い焦がれているわけではない。ナゼル様は、義務をまっとうしているだけ。
いい人だから、一生懸命、夫婦らしくあろうとしてくれているのだ。
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