第22話 芋くさ夫人は屋敷を探検する
辺境スートレナ二日目……
ナゼル様と同室でドキドキしていた私だけれども、特に何もなく朝を迎えてしまった。
「あ、あれ……?」
お風呂に入って着替えて、「今日は疲れただろうから、ゆっくり休んで」とナゼル様に言われるがまま巨大すぎるベッドで横になり、私は速攻で意識を手放し熟睡してしまったのだ。
「隣で眠っていたはずのナゼル様が、いない?」
すでに起きた後なのか、ナゼル様はおらず、よれたシーツの跡だけが残っている。
「寝坊……ではないわよね」
ケリーに身支度を調えてもらい、ナゼル様の居所を聞いたところ、彼はもう出かけてしまったと告げられた。
私も寝坊したわけではないけれど、ナゼル様はかなり早起きしたみたいだ。
今は、砦でヘンリーと一緒に仕事をしているっぽい。
「よし、私も頑張らなきゃ!」
貴族の奥方の仕事といえば、家の管理をすることだよね。
「まずは、屋敷全体を把握して、使用人はケリー以外いないみたいだから雇って……って、誰もいないのおかしくない!?」
一人でノリツッコミをしていると、傍にいたケリーが相変わらずの無表情で教えてくれる。
「実は、募集しても集まらなかったそうなのです。領主の屋敷の使用人は、かなりの不人気職種なのだとか。相当賃金を上げないと来てもらえないかもしれません」
「なんで!? 王都ではそうでもなかったよね?」
「詳しいことはわかりませんが、前の領主の評判がかなり悪いのと関係しているかもしれませんね。私たちも、あまり歓迎されていないようです」
「そうなの? 前の領主のせいなの!?」
「ええ、おそらく。昨日のワイバーンからして、私たちへの嫌がらせでしょう。おおかた、ナゼルバート様に恥をかかせようとしたのだと思います。天馬には乗れても、ワイバーンに乗れない貴族は多いですから。しかし、あれは……あまりの速度に酔いそうでした」
ケリーは淡々とトニーの行いについて告げた。
口調は冷静だが、かなり怨念がこもっているように感じられる。
「そうだったのかぁ」
ワイバーンに乗れたのは嬉しかったけど、まさか嫌がらせだったなんて……
今までに芋くさ令嬢として晒された悪意のレベルが高すぎて、私には気づけなかったよ!
「お仕事に行っているナゼル様は大丈夫かしら」
「なんとも言えません」
「私が職場に乗り込むわけにもいかないし。せめて、帰ってきたらくつろげるように、家の中だけでも綺麗にしよう。ケリー、私も可能な限り掃除を手伝います!」
辺境に来る際に、資金はほとんど渡されていない。
いざというときに備え、今は極力無駄遣いを控えるべきだ。
「アニエス様、なんて健気な。私も精一杯働かせていただきます」
とりあえず、ケリーと一緒に広い敷地を巡って確認してみる。まずは屋敷を一周してみたけれど、中は酷い有様だった。
「……無駄のオンパレードかな」
「ええ、粗大ゴミが多過ぎです。趣味の悪い置物、意味の理解できない絵画、デザインに凝りすぎて使えない家具。部屋の中にまで噴水があるなんて」
「どれほどの金額が使われているの? 私はものの価値に疎い方だけれど……」
この屋敷に阿呆ほどお金がかかっているのは、さすがにわかる。
「庭の確認もしてみましょう」
「はい、アニエス様」
二人揃って今度は庭に降りてみる。人工の川は屋敷を囲むように流れて、外の池に排出されているようだった。うーん、無意味。
美しい薔薇の生け垣も、今は手入れされずに増殖したトゲトゲに覆われていて近づけない。
「あら、畑はあるんだ?」
「そうですね。畑……だったものとでも言いましょうか。向こうには頑丈そうな厩舎もあります」
「やけに大きいな。昔、魔獣でも飼っていたのかしら?」
中を確認してみると、もぬけの殻だった。私とケリーは顔を見合わせる。
「まず、屋敷の中から手を付けましょう。とりあえず、入れる部屋を増やす! 売れるものは売って、使えるお金も増やす! で、使用人と庭師を雇う!」
見ていてください、ナゼル様。
押しつけられた結婚ではありますが、私はあなたの妻として立派に屋敷を管理してみせます!
気合いを入れた私は、さっそくケリーと一緒に屋敷の掃除に取りかかった。
けれど、掃除用具を探し当てたところで、ケリーが一言つぶやく。
「ところで、アニエス様。お掃除はしたことがあるのでしょうか?」
「…………ありませんが、なんとかしてみせます」
「ですよね。無理はしないでください」
エバンテール侯爵家では掃除をしたことはなかったけれど、掃除中のメイドたちは目にしていた。
見よう見まねだけれど、やればどうにかなる……たぶん。
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