第20話 芋くさ令嬢の空の旅

 ワイバーンでの移動は、馬車での行程が嘘のように早い。

 最初からこれに乗ればいいのでは? と思ってしまうが、この付近以外では魔獣の使用が禁止されているのだとか。

 

「ひゃあ! 速いですね、すごいですね!」

 

 私は、ずっとはしゃいでいる。

 

「ワイバーンは乗るのにコツがいるけれど、天馬よりもだいぶ速いよ。騎獣は魔法で障壁が出せるよう訓練されているから、空気抵抗なく速い速度で移動することが可能なんだ」

「魔獣って、悪いばかりではないんですね。エバンテール侯爵領にもたまに出ましたけど、領民の野菜畑を荒らすので父が怒っていました」

「アニエスは、こんなスピードで空を飛んでいても怖くないの?」

「はい、平気みたいです」

「すごいね。乗り慣れている人間でなければ、ワイバーンでの移動は大変だというのに」

 

 それにしては、ナゼル様も余裕の表情だ。

 騎獣に乗る訓練をしたと言っていたけれど、彼は王配教育でとても忙しかったはず。そんなに何度も騎獣に乗れていないんじゃないかな。

 だというのに、この安定感は、さすがナゼル様。

 

 先ほどから、前を行くトニーが何度もこっちを振り返って見てくるのだけれど。

 心配しなくても、ナゼル様は迷子になったりしません。

 

 休憩なしのぶっ通しで数時間飛行していると、眼下にそれらしき街が見えてきた。

 

「ここが、スートレナ領の中心部かな?」

 

 スートレナの中心は、王都とは比べようもないほど寂れた街だった。

 舗装されていない地面には、木でできた建物がバラバラと建てられ、人々が集まる広場の奥に古い石造りの砦がある。

 さらに、少し離れた場所に貴族のお屋敷らしき建物も見えた。

 人口は少ないし、店もほとんどない。田舎の街だと思えたロアの方が、まだ栄えている。

 

 街の南には草原が広がっており、草原の向こう側には巨大な川が流れていた。

 川を越えると、隣国ポルピスタンの土地になるそうだ。

 景色を眺めていると、トニーのワイバーンが砦の方へ降り始めた。

 

「アニエス、降下するからしっかり捕まっていて」

「はい、ナゼル様!」

 

 私はワイバーンの体にしがみついた。そんな私の体をナゼル様がしっかりと抱きかかえる。そういえば、最初に上昇したときも、彼にギュッと抱きしめられたっけ。

 はあ、ナゼル様……たくましい。いい匂い……素敵……!

 

 うっとりしているうちに、ワイバーンは建物の屋上に着陸した。降下もあまり怖くなかったな。

 トニーとケリーも先に地上に降りている。ケリーも無事そうだ。

 素早く地面に降りたナゼル様が、私に向かって両手を広げる。

 

「おいで、アニエス」

「えっと……ナゼル様? もしかして……」

「大丈夫、俺の胸に飛び込んできて」

「……っ!?」

 

 ナゼル様にダイブするとか、私にはハードルが高すぎるんですけど!

 戸惑っていると、焦れたのかワイバーンがモゾモゾ動き始めた。

 

「わわっ! このままだと落ちちゃう!?」

 

 バランスを崩しそうになった私は、観念してナゼル様の方に「えいやっ!」と、ジャンプした。

 勢いよく飛んだ私を、ナゼル様は難なく受け止めてくれる。細いのに力持ちだ。

 

「アニエスは軽いね」

 

 私を抱きしめたままでにっこり微笑むナゼル様。今日は服が軽いからかも。

 それにしても……

 

「あ、あの」

 

 ナゼル様、私を地面に下ろしてくれる気配がないんですけど。

 このままでは、心臓がバクバク脈打っているのが、彼にバレてしまうかもしれない。

 

「ドキドキしているね、アニエス」

 

 バレたーーーー!

 でも……なぜか、ナゼル様は嬉しそう。

 一人で焦っていると、また新たな人物が建物の中から現れた。眼鏡をかけた、少し顔色の悪いお役人さんだ。

 二匹のワイバーンを見た彼は、さらに顔色を悪くしている。

 

「トニー! どうして、ワイバーンがっ……」

 

 声をかけられたトニーが、「あっ、やべえ!」と言って逃げ出そうとした。

 しかし、ここは屋上だ。ワイバーンに乗るか、後ろの扉を使わなければ逃げることができない。

 お役人さんは、私たちに目を留めると、オロオロした様子で告げた。

 

「部下が騎獣を間違えたようで、大変申し訳ございません。天馬を手配する予定だったのですが」

 

 この人、すごくヘコヘコしているな。顔色が悪いけれど、大丈夫かな?

 謝罪されたナゼル様は、朗らかに答える。

 

「私は平気だよ、ワイバーンにも乗れるから。妻と二人、楽しい空の旅ができた」

 

 青い顔の人は、捕まえたトニーを引きずりながら、私たちを建物の中へ案内する。

 そして、ナゼル様の一人称がお仕事モードになっている。

 比較的綺麗な部屋に通された私たちに、青い顔の人は改めて挨拶した。

 

「ようこそ、スートレナへ。地方官を務めています、ヘンリー・ビルケットと申します」

「ナゼルバートだ。こちらは、妻のアニエス」

 

 私はぺこりとお辞儀した。

 それにしても、ヘンリーさんは顔色が悪い。早めに話を切り上げて休ませてあげた方がいいかも。

 

「ご存じでしょうが、現在、スートレナ領に領主はおらず、王都から派遣された私が、代理で辺境をまとめていました」

 

 聞けば、ヘンリーさんは領地を持たない子爵家の三男だという。

 もともと王宮で働いていたが、上司と意見が合わず辺境へ飛ばされたそうだ。

 なんだろう、この……辺境勤務が罰になっている感じ。

 ここって、そんなに酷い場所なの?

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