第18話 そのころ辺境では(モブ視点)

 辺境スートレナ領の役人、ヘンリー・ビルケットは、しかめっ面で部下の話を聞いていた。青みがかった黒髪をかき上げ、眼鏡を押し上げ、報告書にも目を通す。

 王都から彼が派遣されて三年が経過したが、依然として魔獣の数は減らない。

 

 青白い肌を持つヘンリーは、周りから「不健康だ」とか「働き過ぎだ」などと言われることが多いが、彼の外見は生まれついてのもの。至って健康な三十代で、辺境での暮らしも苦ではなかった。むしろ、以前いた王都より自分に合っていると感じている。

 ただ、この地での仕事は寝る間もないほど忙しい。自分の代わりを務められる者がいないからだ。

 

 しかし、その状態も改善の兆しが見え始めていた。

 以前から散々催促していた、自分と同程度の責任者の増員が許可されたのだ。

 ……と思っていたのだが。部下の報告を聞いて希望が潰えた。

 

「そういうわけで、ヘンリー様。人手不足だからなんとかしろと王都側に掛け合ったら、罪人公爵令息と芋くさ令嬢の夫婦を寄越されました。王都の連中も酷いですよね、なんの嫌がらせだよ」

 

 文句を言いながら報告してくるのは、部下のトニー・フォーンだ。

 元領主の屋敷で働いていた両親を持つ、そばかすの散った小麦色の肌の元気な十七歳。

 ちなみに、元領主一家は、魔獣の被害に遭って全滅している。

 

「トニー、報告は要件だけでいい」

「えー……だってさぁ。酷すぎない? ここは罪人ゴミ捨て場じゃありませーん」

「来るものは仕方がないだろう。我々には彼らを送り返す権限などないのだ」

 

 辺境には、王都での出来事が少し遅れて伝わってくる。

 なんでも、その公爵令息とやらは、王女の婚約パーティーで今までの悪事を暴露された上に婚約破棄されたらしい。

 そして、罰として社交界でキワモノ扱いされている、醜いと評判の芋くさ令嬢を押しつけられたそうだ。

 

「あーあ、どうせ来るなら、美女が良かったなあ。芋くさ令嬢って、かなりやばい外見らしいですよ」

「こら、トニー。同年代の女性に向けて、そんなことを言うものではない」

「芋くさ令嬢は真っ白な顔面に、真っ青な瞼に、真っ赤な頬と唇って噂ですよ? 令嬢としてというか、もはや人間として怖すぎでしょ? 魔獣だらけの土地に、さらに芋くさ令嬢という魔獣が増えるなんて……ただでさえ、女子率が低いのに絶望しかない」

「芋……ではなく、アニエス・エバンテール元侯爵令嬢は既婚者だ。そのような目で見るんじゃない」

「ヘンリー様の堅物~」

 

 トニーはどうしようもない部分もあるが、魔獣退治の腕だけは確かで、ヘンリーは彼を重宝している。彼の魔法が攻撃に向いていることもあり、このスートレナ領では頼れる存在だった。

 

「とにかく、王都から派遣された彼らを迎え入れる準備を整えなければ」

「芋くさ令嬢は役に立たないだろうし、実質たった一人だけどね。どうする? 公爵令息が手に負えない大悪人だったら……あいつみたいに」

「そのときはそのときだ。とりあえず、ロカの街まで迎えに行かなければ。あそこからは、馬車では移動できない」

「ふーん」

「なにを、他人事みたいな返事をしている? トニーが迎えに行くんだぞ」

「……って、ええっ!? 俺!?」

「そうだ。お前が行くのが一番早いだろう。彼らは十日後にはロカに到着するとのこと。用意を調えて待機していなさい」

 

 あからさまに嫌そうな顔をしたトニーだが、ヘンリーの指示に逆らうことなく大人しく部屋を出て行った。

 

「はあ、どうなることやら」

 

 重いため息を吐いたヘンリーは、報告書の確認を終えて執務室を出る。

 そんな彼を見た通りすがりの部下たちは、「ヘンリー様がまた具合が悪そうにされている!」、「誰か、ヘンリー様を強制的に休ませるんだ!」などと一斉に騒ぎ出した。

 

「フロレスクルス公爵家次男、ナゼルバートか……無害な人物だといいのだが」

 

 額を抑えて何事か呟く上司を、部下たちはハラハラしながら見守るのだった。



 ※


 ヘンリーと話し終えた後、トニーはスートレナ領の魔獣飼育場へ向かった。

 トニーの魔法は『俊足』で、普通の人間よりも速く動けるというもの。

 ただし、魔法の対象は自分だけで、他の人物の足を速くすることはできない。

 おまけに、トニーは魔力量がさほど多くないので、速く動ける時間も限られている。制約の多い魔法だが、伝令役や魔獣退治には向くものだった。

 

 魔獣飼育場には、人間に危害を加えない騎獣が何匹か飼育されている。

 法律によって王都付近では騎獣の使用が認められていないが、舗装されていない道が多い辺境では必須の乗り物だ。

 

 人になつく獣と人を襲う獣がいるように、魔獣も個体によって性質が大きく異なる。

 もっとも、王都の連中などは、全部の魔獣を一緒くたにして怖がっているのだが……トニーには阿呆としか思えない。兎と熊は全然違うだろうがと言いたい。

 

 とにかく、トニーは王都の連中が好きではなかった。最初はヘンリーのことも警戒していたくらいだ。

 だから、今回送られてくる罪人たちについても、良く思っていない。

 

「まったく、厄介なもんだよ。せめて、何もしない奴だといいな。変に使命感に燃えた奴が来て、こちら側の事情もお構いなしに、好き勝手をし始めたらたまらない。誰が尻拭いをすると思っているんだ」

 

 ヘンリーが来る前にも王都から派遣された貴族がいたが、全員酷いありさまだった。

 独りよがりな自己満足のために、必要のない政策をバンバン打ち立て、トニーたち辺境の者を振り回し、あげく辺境の暮らしが嫌になったと言って王都に帰ってしまった者。

 私腹を肥やそうと、阿呆みたいに何にでも税金をかけて、裕福ではない辺境の住民から金を取り立てようとした者。

 スートレナ領に余裕がないとわかると、強盗まがいの悪事に手を染め始めた者。

 どいつをとっても最悪だ。

 

「まじで、勘弁してくれ」

 

 とはいえ、トニーが勝手な真似をすれば、ヘンリーに迷惑がかかる。ここは、黙って彼に従うのが最善だ。だが、むしゃくしゃする……

 頑丈な木でできた厩舎の中から、穏やかな気性を持つ魔獣を選んで連れ出そうとして……ふと、トニーの中に意地悪な気持ちが湧き上がった。

 

「貴族の男だったら、こいつらでも乗れるだろ。よし、変更しよう」

 

 トニーが用意したのは、騎獣の中でも乗りこなすのが難しいと言われる魔獣、ワイバーンだった。

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