第17話 辺境へ向かう芋くさ令嬢
あれから、正式に私とナゼルバート様は夫婦になり、辺境へ行く準備を始めた。
辺境へ旅立つ日は、驚くほど穏やかで、ジュリアン様とナゼルバート様の母親のピアーナ様が見送りに来てくれる。
ピアーナ様は、ナゼルバート様によく似た、究極の美女だった。
物腰は柔らかく、私にも親切に接してくれるいい人だ。文句ばかり言う、うちの母とは大違い。
私やナゼルバート様が公爵家の離れで過ごしている間に、王城でも色々と動きがあった。
ロビン様は教育を受けるべく、王城で住み込みの勉強をし始めたらしい。
しかし、物覚えが悪く……というか、そもそも真面目に勉強する気もないようで、王配教育は難航している模様。
……まあ、知ったことではないけれど。
私たちは辺境行きの馬車に乗り、十日以上かけて地方の街まで移動しなければならなかった。
そのあとは、別の移動手段で国境の街まで行くという。
エバンテール侯爵家からは誰もついて来てくれなかったけれど、フロレスクルス公爵家からは、ケリーが同行してくれることが決まった。本人たっての希望だったようだ。
他には、護衛やら、諸々の手助けをしてくれる使用人も一緒に出発する。
もっとも、彼らは辺境に着いたら帰ってしまうのだけれど。
私はナゼルバート様と一緒の馬車に乗り込み、見送ってくれた二人に手を振る。
馬車はゆっくりと速度を上げ、王都をあとにした。
軽い服を身につけている私は快適に移動を満喫する。
普通のご令嬢に長旅は厳しいけれど、私はあの重量級ドレスを纏い、田舎から他の場所へ馬車に乗って移動していた。
重くなく、動きやすい服を着た移動は、なんと楽なのでしょう!
まだまだ私は余裕に満ちている。
問題は、このたびめでたく私の夫になった、ナゼルバート様と同じ馬車で二人きりということのほうだ。琥珀色の目が向けられるたびにときめいてしまう。
イケメンで親切で優秀。完璧すぎる公爵令息。
しかもなぜか、彼は私に気さくに話しかけてくれる。
「アニエス嬢。夫婦になったのだし、俺のことはナゼルと呼んで? 親しい人間からはそう呼ばれることが多いんだ」
……いきなりハードルが高いんですけど。
でも、お世話になっている身としては、なるべく彼の要望に添いたい。
「はい、ナゼル様。では、私のことも、アニエスと呼び捨てにしてください」
「うん、そうするね、アニエス」
実際に呼ばれると、破壊力が半端ない。心臓よ、鎮まりたまえ。
よし、ナゼルバート様を意識しないためにも、辺境へ行くおさらいをしておこう。
私は機嫌のよさそうなナゼルバート様に話しかけた。
「これから向かうのは、国の南端にあるスートレナ領ですね。海と森に面した、自然豊かな場所だそうですが」
「そのぶん、魔獣が多く生息している。このデズニム国の中で、ずば抜けて魔獣の被害が大きい土地だ。スートレナの兵士や王都から派遣された騎士団が常駐し、日々魔獣から人々を守っている……というか、魔獣が国の内部へ侵攻するのを防いでいる」
「そして、他国にも接しているのですよね。スートレナの西側が海、東側が森、南側が隣国ポルピスタン。北側は同じデズニム国のザザメ領とヒヒメ領」
ちなみに、隣国ポルピスタンは大きな国で、デズニム国とは険悪ではなく、つかず離れずの関係だ。
「そうだね。ザザメが北東、ヒヒメが北西に広がっているよ」
「スートレナ領の主な産業は、漁業と林業、森で食べ物の採取をすることも多いみたいですね」
「あとは、狩猟かな。自然豊かな土地なのに、作物の実りが悪いから」
「土……が原因でしょうか?」
「そのあたりは、よくわかっていないね。現地で調べてみようと思う」
「私にできることがあれば、お手伝いします」
よしよし、真面目な話をしていたら、ドキドキが減ってきたぞ。いい調子だ。
「ところで、アニエスはどんな魔法が使えるの?」
「え、私……ですか」
そういえば、ナゼルバート様は魔法に造詣が深く、離れにも魔法の本がたくさんあったっけ。単純に、魔法そのものに興味がある人なのだろう。
「私の魔法は……物質強化です。結構地味で、使い道がない魔法なんですけど。実家では、古い服や鞄の破れそうな部分を丈夫にするのに使っていました」
「なかなか、興味深い魔法だね。使い道がたくさんありそうだけどな」
優しいナゼルバート様はそう言ってくれるけれど、新しい服はもらえたし、これからは使い道なんてないと思う。
「ちなみに、ナゼルバート様は、なんの魔法を使えるのですか?」
「ナゼル、だよ。アニエス」
「あ……」
まだまだ、愛称は呼び慣れない私だった。
ナゼルバート様改め、ナゼル様は自分の魔法について教えてくれる。
「俺の魔法は植物を成長させたり、意図的に動かしたりできるものだよ。だから、自分の魔法を、辺境での作物栽培に役立てたいと思うんだ」
デズニム国では、自然に作用する魔法は最上級とされている。他の魔法に比べて応用が利きやすく、効果や範囲、威力が大きいからだ。
「実家から、俺が魔法で育てた苗も持ってきたんだ。これが農耕の役に立てば、スートレナ領で安定して食物が自給できるのだけれど」
「なんか……すごいですね」
服の劣化を防ぐことしか頭になかった私とは、色々と……えらい差だ。
そんなこんなで、馬車は平和になだらかな道を進んでいくのだった。
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