第16話 芋くさ令嬢の結婚
「本当に、いいの?」
「オッケーですとも。ナゼルバート様さえよろしければ……あ、でも、芋くさ令嬢と結婚なんて嫌ですよね。わかります、今まで散々異性に逃げられてきた身ですから」
「……アニエス嬢?」
「もちろん、偽装結婚や白い結婚で構いません。陛下の命令で結婚は避けられないかもしれませんが、気になる女性が現れたら教えてください、潔く身を引きますので」
ナゼルバート様は私を拾ってくれた恩人だから、彼の困ることは絶対にしたくない。
「いや、ミーア王女と結婚するより、アニエス嬢と……」
ごにょごにょと、小声で何かを言い始めたナゼルバート様。でも、ちょっと聞こえない。
まあいいか……
「兄上、僕も一緒に行こう。父上たちの考えは間違っている」
私が同行したいと言ったからだろうか。ジュリアン様も真剣な声で辺境行きを訴え始めた。
「駄目だ、ジュリアン。お母様はどうする? この家で、一人にするつもりか?」
「それは……」
唇を噛んだジュリアン様は、困った様子で黙り込んだ。
「俺はもう、フロレスクルス公爵家にいられない。ジュリアン、お母様を頼む」
悔しそうな表情のジュリアン様は、不満がありそうだったけれど、黙って兄の言葉に頷く。
「ジュリアン、父や兄の様子を見てきてくれないか。あちらにも、書類の件は伝わっているはずだから」
「わ、わかった」
弟が部屋を出て行ったことを確認したナゼルバート様は、今度は私の方を向いて跪く。
そして、彼は私の手を包むように握り込んで言った。
「それでは、アニエス嬢」
「はい、なんでしょう?」
「結婚しよう」
「……っ!!」
一瞬、思考が停止した。
ややおいて、言葉の内容を理解した私は、まじまじとナゼルバート様を見つめて叫ぶ。
「プロポーズッ!? 今の、プロポーズですかっ!?」
完全に動転する私。
けれども、ナゼルバート様は真剣な表情で私に話しかける。
「そうだよ、アニエス嬢。俺と結婚して一緒に辺境へ来て欲しい」
だから、ジュリアン様を外へ出して、人払いをしたのかな……
なんにせよ、私からの答えは一つだ。
「はい、偽装結婚ですね。ご一緒します」
応えれば、ナゼルバート様は不服そうな顔をした。
「違うよ。偽装結婚なんてしたら、解消後に困るのは女性側だ。今度こそ、君の行く場所がなくなってしまう。アニエス嬢が後ろ指を指されるようなことはしたくないんだ。君さえ嫌でなければ、きちんと結婚しよう」
「ナゼルバート様……」
いい人過ぎない?
なんだか、ちょっと心配になってきたわ……
「アニエス嬢、俺のプロポーズには応えてくれる?」
「も、もちろんです。でも、ナゼルバート様は本当に後悔しませんか!? 私、王女殿下の足下にも及ばない人間ですよ!?」
「後悔? するわけがない。ミーア王女ではなく君と結婚できて、俺はホッとしているくらいだよ」
続けて、ナゼルバート様は私の肩に手を置いた。
「命令された結婚だけれど、俺はそういうのにかかわらず、アニエス嬢を大切にしたい。辺境では正直言って君に苦労をかけてしまうかもしれないけれど」
「どんと来いです」
ナゼルバート様の美しい顔が近すぎて、自分でも何を言っているのかわからなくなる。
こんな素敵な人と結婚だなんて、鼻血が出そうです。
ほんのりと、ナゼルバート様が嬉しそうに見えたけれど、たぶん気のせい。思い上がっては駄目だ。
どんどんナゼルバート様が近づいている気もするけれど、これも気のせいに決まっている……
けれど、額に柔らかいものが触れて、私はハッと我に返った。
――幻ではなく本当に近づいていたの!? しかも、今のって……キ、キ、キキキキスですか!?
「あ、あの、ナゼルバート様」
しどろもどろになる私に向け、ナゼルバート様は柔らかいけれど、押しの強い笑みを浮かべる。
「これから、よろしく」
「……こちらこそ、よろしくおねがいすましゅ」
緊張のあまり、噛んでしまった。めちゃくちゃ恥ずかしい。
気にした様子のないナゼルバート様は、どこか満足げな表情で私の手を放す。
こうして、私とナゼルバート様との結婚は確定したのだった。
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