第10話 変身する芋くさ令嬢

 ぐにゃぐにゃとした視界の中で、小さな女の子が何かを訴えている。

 あれは、幼い頃の私だ。


『お父様、お母様、なんでわかってくれないの? 他の家の子は、誰もエバンテール家のような生活をしていないわ。どうして私の身につけるものは、お祖母様のお古ばっかりなの? どうして私だけ、お菓子を食べられないの? どうして、私は……』

『まあ、アニエス。そんな罰当たりなことを口に出してはいけません! あなたのドレスも靴も、今風の安っぽく品のない装いより、ずっと良いものなのに! お祖母様と体型が似ていた自分を幸運だと思いなさい』

『でも、他の子たちは、私のドレスを古くて貧乏くさいとからかうの。うちは生活に困っているわけじゃないのよね?』

『その子たちの話を真に受けるんじゃありませんよ。古き良きものの価値がわからないなんて、低俗で下品だわ』

『アニエス、馬鹿は相手にするな。お前は堂々としていればいいんだ! いちいちウジウジするんじゃない。見苦しいぞ』


 そう。いつも私と両親との会話は平行線だった。彼らは私の訴えを聞き流すだけで、本気で相談に乗ってくれたことなど一度もなかったのだ。

 悲しい気持ちになっていると、目の前の風景が徐々にぼやけていく。

 不思議と、「夢から覚めるのだ」と理解できた。


 ※


 翌朝、寝覚めの悪い私の元へケリーがやって来た。

 

「おはようございます、アニエス様。本日は身支度を調えて、ナゼルバート様とご一緒に朝食を召し上がっていただきます」

 

 彼女は器用に私の世話を焼き、服を着替えさせる。

 

「ケリー、この可愛らしい服は一体……?」

「こちらのお洋服はアニエス様のために急遽取り寄せた品です。急ぎでしたので、既製品なのですが……きちんとした質のものを揃えました」

「えっ、わざわざ用意してくれたの!? それも、こんなに可愛い服を!? ここは、天国ですか……!?」

 

 思わず本音が出てしまった。

 だって、今まで着たことがないくらい可愛いんだよ!? 服が!!

 そして、羽のように軽いんだよ!? 服が!!

 

 これは、興奮せずにはいられない。

 エバンテール家のおかしな基準で選ばれた服とは雲泥の差だ。既製品かどうかなんて、ぶっちゃけどうでもいい。

 

「あ、アニエス様、動かないでください。まだお化粧が済んでおりません」

 

 素早く私を着替えさせたケリーは、今度はドレッサーの前へと私を誘導する。

 そして、私の髪をセットし、慣れた手つきで化粧を施し始めた。

 それはもう、今までの無表情が嘘のように楽しそうな顔で。

 

「ふむ、私の思ったとおり。素材は素晴らしい……! これは、腕が鳴ります」

「え、あの?」

「おしろいは適量で、アイメイクも肌に馴染みがいい色に。口紅はピンクブラウンなどいかがでしょう? 野暮ったい赤すぎるチークは却下、薄く仕上げて……」

 

 テキパキと、ケリーは私の顔にメイクを施していく。

 すると、みるみるうちに私の顔が変わっていった。かなり良い方向に。

 

「わあ、別人みたい」

 

 今までの私と言えば真っ白な顔面に、真っ青なアイシャドウ、真っ赤な頬と口紅。きつくコテを当てたクロワッサンみたいな髪型がトレードマークだったので。

 それが、どうだろう。

 緩くふんわり波打つ淡い銀髪に、派手すぎないメイクに、今風のお洒落なブラウンの服! 靴だって底は平らで滑りにくく歩きやすい。

 

 鏡の向こうにいるのは、自分とは別の誰かなのではと思うくらい可愛らしい令嬢だ。

 後ろでは、満足そうに口元をつり上げるケリーが頷いている。

 

「やはり、私の目に狂いはなかった。早く、ナゼルバート様に見ていただかなくては」

 

 ケリーに急かされた私は、いそいそとダイニングへ向かう。

 ナゼルバート様はすでに起きていて、完璧な出で立ちで椅子に座っていた。隙のない美しさで、朝からまぶしい……!

 

「おはようございます、ナゼルバート様っ」

 

 挨拶すると彼は私の方を見て目を見開いた。

 

「お、おはよう、アニエス嬢。ずいぶん雰囲気が変わったね」

「ケリーに着替えさせてもらったんです。お化粧も、上手にしてもらって……」

「いい。……すごく、君に合っている。綺麗だ」

 

 優しいナゼルバート様は、しっかりと私を褒めてくれた。さすがだ。

 社交辞令にしても、綺麗だなんて言われたことがなかったので嬉しい。

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