第5話 芋くさ令嬢、勘当される

「あ、あの、大丈夫ですか。立てますか?」

 

 倒れたナゼルバート様が起き上がるのを助け、彼のふらつく体を支える。

 それを見た王女殿下が、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「型遅れのドレスに、濃すぎるお化粧。あなたが噂の芋くさ令嬢、アニエス・エバンテールね」

「…………はい?」

 

 何を言われるのかと警戒しつつ、私は王女殿下の方を向く。

 彼女の意向に反したせいで、反感を買ったというよりは、何か別の意図があるように思える。

 予想通り、王女殿下はナゼルバート様や私に向けて衝撃の言葉を放った。

 

「ちょうどいいわ。ナゼルバートへの罰を言い渡しましょう」

「罰……?」

「彼への処分は、辺境への追放。そして、醜い芋くさ令嬢との結婚よ!」

 

 ――ええっ!? 私ですか、なぜに!?

 会場が一気にざわついた。皆が好奇の目でこちらを凝視してくる。

 ……私との結婚って、そこまでの罰ゲームなのですか。

 これには、さすがにかなり凹んだ。

 

 とはいえ、王女様に面と向かって楯突くことなどできない。ナゼルバート様に申し訳なく思いつつ、私は黙ってその場を乗り切った。

 きっと、国王陛下がなんとかしてくれるはずだと信じて。


 ※


「この恥さらしがぁっ!」

 

 王都の屋敷に帰ると同時に父の拳が飛んできた。避けきれなかった私は、またしても勢いよく壁に全身を打ち付ける。

 母も助けてくれるどころか、父の言葉に同意して私を責め立てた。

 

「アニエス、私、言ったわよね!? ブリー子爵家の息子を選べって! なのに、どうして王女殿下に無礼を働いた罪人と結婚することになってしまったの!? みっともない!」

「馬鹿者! あんな場面でしゃしゃり出るからだ! 衆人の前で結婚を命令されて……もう、どの家もお前を嫁になどとは考えなくなるだろう」

 

 私は黙ってうなだれることしかできない。

 というか、もともと、どの家も私を嫁にしようなどと考えていないと思う。

 情報に疎い両親は、今日初めて知ったのかもしれないが、私は「芋くさ令嬢」と、社交界で馬鹿にされる存在なのだから。

 

「アニエス、お前を勘当する! 今すぐにエバンテール家を出て行け!!」

「そ、そんな……」

 

 ――そんな無茶な!

 パーティから帰ってきて、今はもう深夜と言っていい時間帯。

 しかも、家を出るとなると、荷物などそれなりに準備がいる。出て行ったあとのことも考えなければならない。

 

「お父様。せめて、もう少し待ってください」

 

 そして、できれば頭を冷やして勘当を取り下げてください。

 

「うるさい! お前など、娘ではない!」

 

 真っ赤な顔の父は無理矢理私の腕を掴んで屋敷の外へ引きずり出す。

 ――痛い、痛いってば!

 聞く耳を持たない父は、そのまま外にいた兵士に私を引き渡した。

 彼らはこの屋敷を警備する者たちだ。私なんかを託されてしまい困惑している。

 

「こいつを、門の外へつまみ出せ!」

「……!?」

 

 ほらほらほら~。可哀想な兵士さんたちが、私をどうしていいかわからずにフリーズしているじゃない。

 

「お前たち、さっさとせんか! クビにするぞ!!」

 

 しかし、父の発した一言で我に返ったようで、彼らは慌てて私を連れ出そうと動き始める。そして、私には兵士に抵抗できるほどの腕力はない。

 大暴れできるほどの、優れた魔法の使い手でもないしなあ。

 考えている間に、私を抱えた兵士は門の方へ移動していく。

 そうして、あっけなく外に放り出された私は、勢い余って地面に両手をついた。

 

「あっ……!」

 

 無情にも、目の前で重い鉄の門が閉められる。中へ入ることは不可能だった。

 仮に再び門が開くことがあっても、兵士たちが私を中へ入れないだろう。

 こういったときの父は頑固で厳しいので、屋敷の前で粘っても無駄に違いない。彼は本気だ。

 

「どうしよう、手ぶらで追い出されちゃった。ドレスのままだし……親戚の家を回ろうにも皆領地にいるし、ここから馬車で数日の距離だし」

 

 私は重いドレスを引きずりながら、やたらとヒールの高い祖母の靴で夜の街を歩いた。

 正直言って、王都の街の地理なんてわからない。

 今まで屋敷に引きこもっていたツケが回っていた。王都には仲の良い知り合いすらいない。

 仮にいたとしても、醜聞の的となった私を、受け入れてくれはしないだろう。

 

「本当に、これから、どうすればいいの?」

 

 月明かりの下で街を彷徨い、気づけば大きな広場の前に出ていた。来た道さえもあやふやだ。

 今は人通りが少ないけれど、朝になれば人々がたくさん行き交うはず。

 幸い王都の治安は悪くないらしいので、明るくなってから誰か頼れる人を探そう。

 

「他に良い案も浮かばないし」

 

 噴水の縁に腰掛けて、眠りについた静かな街の空を眺める。

 金色の星に銀色の月だけが、どうしようもない身の上の私を見守っている。

 

「天気が良くて助かったな」

 

 少しだけ肌寒さを感じて両手で腕をさすっていると、カツカツと誰かが石畳を歩く音がした。

 そちらを向くと、暗がりの中に意外すぎる美しい人物が立っている。見間違いかと思ったけれど、着ているものの高価さから、ご本人で間違いないと確信できた。

 

「……ナゼルバート様?」

 

 恐る恐る問いかけてみると、その人物は微笑みを浮かべつつ頷いた。

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