第6話 芋くさ令嬢、拾われる
「やあ、探したよ。アニエス嬢」
「え? 私をですか?」
「もちろん。あれから、すぐにエバンテール家の馬車を追ったんだ。アニエス嬢をこのようなことに巻き込んでしまったから、謝罪をしなければと思って。そうしたら、君はすでに勘当されたあとだと言われた。少し前に屋敷を出て行ったところだと。だから、街中を探していたんだ。見つけやすい場所にいてくれて助かったよ」
私は慌てて立ち上がり、彼の方へ向かう。
「あの、ありがとうございます。でも、私はもう屋敷には戻れなくて」
「そのことなら気にしなくていい。うちの屋敷へ来てもらうから。こんな時間に女の子が身一つで放り出されるなんて、あってはならないことだ」
どうしよう、パーティーの時から薄々感じていたけれど、ナゼルバート様って……すごくいい人じゃない?
「ナゼルバート様のお屋敷って……公爵家ですか?」
「近々、俺は辺境に追い出される可能性があるけれど、それまでは公爵家の離れに滞在すればいい。君の生活には責任を持つから」
公の場では「私」だったナゼルバート様の一人称は「俺」なのか……などと、関係のないことを考えていると、急に彼は改まった口調で告げた。
「今回の件、君を巻き込んでしまってすまなかった。全て俺の至らなさが招いたことだ」
「何を言っているんですか。誰がどう見ても、婚約者がいるのに他の男性との子供を作ってしまう人の方が問題があると思いますよ。王女殿下が怖くて誰も何も言いませんけど、心の中では皆そう思っているはずです」
思いを告げると、ナゼルバート様はパシパシと長い睫毛に縁取られた目を瞬かせ、私を観察し始める。
「君は、俺を恨まないのかい? 罪人との結婚を命じられたせいで、家を追い出されたのに」
「恨んだりしませんよ。今回のことは、もらい事故のようなものではありますけど。こんな言い方は失礼になるかも知れませんが、私は逆にあなたに同情しますね。謂れのない罪を着せられ、芋くさ令嬢と結婚させられるなんて」
「芋……?」
「もしかして、私の噂を知らないのですか?」
「ごめんね。仕事が忙しくて、しばらくは社交の場から遠ざかっていたから」
「謝られるようなことではないですけど。私の噂を本当にご存じないんですね」
結婚を命じられた以上、余計なもめ事を避けるためにも、彼に私の噂を知らせておいた方がいいだろう。
そう判断した私は「芋くさ令嬢」について、ナゼルバート様に事実を説明した。
「…………というわけで、私は社交界の笑いものなんです。だから、王女殿下も私との結婚を罰だと口にされたのですよ」
「酷い話だね」
「ですよね~。芋くさ令嬢と結婚だなんて」
「違う。俺が酷いと言っているのは、そのように相手を見下してこき下ろすことだよ」
「えっ?」
私は驚いて彼を見上げる。そんな反応をもらったのは、生まれて初めてだった。
しかし、彼は私の反応を意に介さず、紳士的に手を差し出す。
「行こう。夜は冷えるから、薄着で長居するのは良くない」
「あ、はい」
祖母のドレスは今風のドレスに比べて、布面積が多いし生地は厚い。けれど、今日着ているドレスに限って、運悪く肩がむき出しだった。
ナゼルバート様の馬車が止めてある場所まで、夜の街を歩いて行く。高いヒールで歩き続けた足が痛む。靴擦れだな、これは……
祖母の靴は微妙にサイズが合っていないのだ。
痛みに耐えながら進んでいると、ふとナゼルバート様が足を止めた。
「アニエス嬢、足が痛いのかい?」
「え、いや、大丈夫です。まだ歩けますから」
「それは大丈夫とは言わないよ。ちょっと失礼するね」
そう告げると、ナゼルバート様は私をひょいと抱え上げた。
「ひえっ!?」
「馬車まですぐだから、少しだけ我慢して」
我慢も何も、お姫様抱っこされるなんて生まれて初めての経験だ。
しかも、相手は公爵家のナゼルバート様ときた。ものすごく恥ずかしいけれど、これって夢のシチュエーションじゃない?
阿呆なことを考えている間に、私たちは馬車の前に到着した。
公爵家の馬車は外見がすごく綺麗だ。シンプルだけれどしっかりとした作りで、お金がかけられていることがわかる。
私はふっくらした上質な椅子の上に下ろされ、向かい側にナゼルバート様が腰掛ける。
ほどなくして馬車が動き出し、静かな街に蹄の音が鳴り響く。
「ここには俺しかいない。アニエス嬢、くつろいでもらって構わないよ」
ナゼルバート様は心配そうに馬車の床……いや、私の足を見つめている。
「いや、さすがに男性の前で裸足になるのは」
昔は、この国では女性が男性に肌を見せることは、たとえ足であってもマナー違反だとされていた。
現在はそんな決まりはないし、普通に肌を露出している女性も多いけれど、エバンテール家に限っては別。私は幼い頃より、「異性の前で靴を脱ぐなんて、とんでもない恥知らずのすることだ」という教育を受けてきた。
頭では、そこまで気にすることはないのだと理解している。
しかし、いざ行動に移すとなると、どうしても家族の言葉が頭の中を駆け巡り、靴を脱げなくなってしまうのだ。
「どうしたの?」
「あ、なんでもないです」
わかっている。ナゼルバート様は私の足なんぞに興味はなく、ただ心配してくれているのだと。
ついに覚悟した私は、邪魔なドレスを捲って「えいやっ!」と靴を脱いだ。
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