第4話 ありえない婚約破棄劇場
「あ、あれは、ロビン殿だ」
「本当だわ。なんで、婚約者以外の殿方の手を取っているの!?」
近くにいた噂好きの貴族が、解説員よろしく色々喋ってくれる。
おかげで、私にも現在起きていることがわかった。
あんなに素敵な婚約者がいるというのに、王女殿下は一体何を考えているのだろう。
「ナゼルバート様は?」
「あそこよ。二人のもとへ向かわれているわ」
王女殿下と男爵家のロビン様は、会場の中央で仲睦まじく並んで立っている。
観察してみると、ロビン様はナゼルバート様と同様、なかなかの美青年だった。
人間離れした美術品のように繊細なナゼルバート様の美貌とは違い、ロビン様の顔は親しみやすく甘い美しさだ。
中央に進むナゼルバート様を見た王女殿下とロビン様は、揃って不敵な笑みを浮かべていた。
「どうなっているんだ?」
「修羅場だわ」
近くの貴族たちも、ハラハラしながら様子を見守っている。
私も、少しだけ中央に近づいた。
険しい表情のナゼルバート様は、王女殿下を問いただす。
「ミーア殿下、これは一体どういうことですか?」
公の場で婚約者が別の男性と親しげにしているのは、対外的に大変よろしくない。しかも、ここでは彼女の婚約パーティーが行われている最中なのだ。
ナゼルバート様の注意は、もっともな内容だった。
彼の問いかけを受けた王女殿下は、不遜な態度で手に持った扇を開く。
「あら、どうもこうも、見ての通りよ?」
続いて、ロビン様の腕を取った彼女は衝撃の言葉を口に出した。
「ナゼルバート。わたくしは、あなたとの婚約を破棄します!! そして、こちらのロビンと婚約しますわ!」
高らかな王女殿下の声は、パーティー会場中に響き渡った。
シーンと静まりかえった会場では、何が起こったのかわからない貴族たちが戸惑いを浮かべている。私もそのうちの一人だ。
「そんなこと、陛下たちが許すはずがない。あなたは、王族の義務を放棄するつもりですか?」
公衆の面前で婚約破棄を告げられたナゼルバート様は、困惑しながら王女殿下に問いかける。
しかし、王女殿下は質問には答えず、続けてナゼルバート様を糾弾し始めた。
「わたくし、知っていますのよ。ロビンから全てお話は聞きました」
「なんのことでしょう?」
「あなた、何度もロビンを虐めていたのでしょう?」
「……は?」
ナゼルバート様は身に覚えがないようで、不思議そうな表情を浮かべている。
「ロビンは貴重な聖なる魔法の使い手なの。あなたよりも魔力総量が多く、潜在能力は高いわ。ナゼルバートが彼に酷い仕打ちをした以上、そして優れた能力を持つロビンがいる以上、あなたはわたくしの婚約者として必要ないのよ」
「国王陛下と王妃殿下も、あなたの意見に賛成なさっているのですか?」
「さあ? ロビンの有用性はわかっているはずだし、許可するんじゃない?」
なんと、国王陛下はこの件を知らず、王女殿下が独自で動いているらしい。
とはいえ、ここまで大事になってしまえば、陛下といえども収拾に難儀するだろう。
……ナゼルバート様のご実家も怒るのでは?
そんなことを考えていると、王女殿下が言葉を続けた。
「お父様もお母様も、あなたの本性を知れば、わたくしの行いを認めてくれるはずよ!」
「行い、ですか?」
「そうですわ! 階段からロビンを突き落とそうとしたり、雇った者に彼を襲わせたり、彼の服をビリビリに破いたり」
「全て身に覚えのない話です」
「でも、ロビンはあなたがやったと言っていますわ。わたくしも、ロビンを襲って捕まった破落戸と会ったの。彼らも、あなたがやったと口を揃えて証言したのですわ」
「ありえない!」
困惑し続けているナゼルバート様は、もしかすると嵌められたのではないだろうか。
彼の顔つきが徐々に険しくなっていく。
もし、あらぬ疑いをかけられているのだとすれば、気の毒で仕方がない。少なからず傷ついていることだろう。
けれど、ナゼルバート様は毅然とした態度で王女殿下に告げた。
「これまで私は、王女殿下の王配として生きるべく様々な教育を受けてきました。全く教育を受けていないロビン殿に王配が務まるというのですか?」
「問題ないでしょ。これから勉強すればいいの。それにね、わたくしのお腹の中には、すでに彼の子がいますのよ。わたくしとロビンとの婚約は確定事項なのです」
ええっ!? なんだってー……!?
王女殿下は婚約発表前に、他の男性と関係を持ったということ!?
パーティー会場に衝撃が走る。
その場にいた全員が絶句した。ナゼルバート様もだ。
「つまり、あなたは、私の子の父親を害そうとしたの。衛兵、この犯罪者をパーティー会場から追い出しなさい!」
「待ってください! 私は無実です!」
ナゼルバート様は、必死に王女殿下を説得しようとした。
けれど、強引に衛兵が呼ばれ、抵抗したナゼルバート様は強く突き飛ばされてしまう。
「……っ!」
そうして、彼が尻餅をついた場所は、偶然にも私のすぐ傍だった。固い床に転がったせいで、全身が痛そうだ。
しかし、誰も彼を助けようとしない。
場の空気に呑まれてしまったことや、王女殿下の怒りを買って、自分の悪評が広がることを恐れているのかもしれない。
明らかに、悪いのは王女殿下とロビン様なのに……
見ていられなくなった私は、思わず彼に近寄って声をかけた。
どうせ私は芋くさ令嬢だ。これ以上悪評が増えてもどうということはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます