第3話 謎の美青年と王女様の婚約パーティー

 そうこうしているうちに、王女の婚約パーティー当日になった。

 

「いいこと、アニエス? ぜったいにブリー子爵家のご子息に気に入られるのよ!?」

「先方には、お話は通っているのですよね?」

「え、ええ、もちろんですとも……お話はしてあります」

 

 母の歯切れが悪い。これは、打診だけして返事をもらえていない状態だな。

 概ねいつも通りの無茶振りだ。

 なんの援護もなく、この私に相手の心を射止めろと命令するなんて無策すぎて片腹痛い。ついでに、胃も痛い。

 ただでさえ、色々と堅苦しく時代遅れなエバンテール侯爵家は、他の貴族から敬遠されているのに。

 無事に登城を済ませたところで、母がとんでもないことを言い出した。

 

「わたくしは、あとから来るお父様と合流して挨拶に回りますが、あなたはきちんと殿方とお話しするのですよ?」

 

 寝耳に水の発言を受け、私は思わず彼女に縋る。

 

「ええっ、お母様!? 一人にしないでください。王宮のパーティーですよ? 単独で動く令嬢がいないわけではないですが、普通は付き添いがいるものです……」

「エバンテール侯爵家の娘とあろう者が……十七歳にもなって、親を当てにするんじゃありません! 早く大広間に行きなさい!!」

「そんなぁ~」

 

 ああ、プレッシャーが重いし、ドレスも重いし早く帰りたい。

 しかし、そんな真似は私の家族が許さないのだ。

 

「逃げたりしたら、お父様とお母様に怒られる」

 

 母の小言ももちろんだが、父の強力すぎる平手を受けるのは特に勘弁願いたい。

 前に張り飛ばされたあと、しばらく腫れが引かなかった。娘に婿を捕まえろというくせに、その顔を腫らすなんて、言葉と行動が矛盾している。

 

 私は骨董品感が漂う榛色のドレスを引きずりながら、重い足取りで大広間へ向かった。

 この日の大広間は、王女の瞳の色に合わせた水色の布が飾り付けられており、白いテーブルの上には女性が好みそうな小ぶりの料理が並べられている。

 すでに、大勢の貴族が集まっており、様々な人物が至るところで交流していた。

 

「はあ、心許ないわ」

 

 しょんぼりしながら部屋の隅へ向かう。大勢の中からブリー子爵家の息子を見つけるなんて無理だ。王女の婚約を祝う集まりだけあって、参加者が多すぎる。

 

 悪目立ちしたくない私は、早々に部屋の隅へ逃げることにしたけれど――

 

「きゃあっ!」

 

 途中に置かれていたテーブルの飾りにドレスが引っかかってしまった。

 

「ああ、もう……!」

 

 憂鬱だった気分が、さらに重くなる。こんな場所、来たくなんてなかったのに。

 イライラしながらドレスを取り外そうとすると……

 

「大丈夫ですか」

 

 すぐ横から、美しい声がかかった。

 

「へっ……?」

 

 振り返ると、信じられないほどの超絶美青年が心配そうに私を見つめている。

 手入れの行き届いた真っ赤な髪に、透き通るように美しい琥珀色の瞳。すっと通った鼻筋に、女性のように蠱惑的な唇。整いすぎて気後れしてしまうほどの美貌。

 隙のない身なりや立ち振る舞いから、かなりの高位貴族だと見受けられた。

 

「はい、平気です。ドレスが引っかかってしまっただけですので」

 

 慌ててドレスの裾を引っ張ると、美青年がテーブルに近づく。

 

「ちょっと待って」

 

 そうして、少し屈んだ彼は、器用に引っかかっている布を取り外してくれた。

 

「これで大丈夫。ドレスも無事だよ」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 芋くさ令嬢の私に声をかけても、男性にとってなんの得もない。

 見て見ぬ振りもできただろうに、とても親切な人だ。

 心から感謝の意を伝えると、美青年はにこりと微笑んで去って行った。

 

「素敵な人だったな」

 

 あんな人と結婚できる令嬢は幸せ者だ。

 私に手が届かない相手だということはわかりきっているので、余計な希望は持たないが。

 一人で勝手に幸せな気分に浸っていると、近くにいる貴族の話し声が聞こえてきた。

 

「まあ、どうして、あの方がこんなところにいらっしゃるのかしら」

「本日の主役だろうに。芋くさ令嬢なんかに声をかけて……」

 

 私の耳は彼らの会話を漏らすことなく拾い続ける。

 この集まりでの主役は王女殿下とその婚約者のはず。

 だとすると、今の親切な貴族の青年は王女の婚約者だ。

 

 王女の婚約者は大々的に発表されてはいないけれど、一部の貴族の間では公爵家の次男が最有力候補と言われていた。

 やはり、並々ならぬ上品なオーラを醸し出す美青年は、高嶺の花だったのだと理解する。

 

「それにしても、王女殿下の噂を聞きまして?」

「ああ、驚いたことに、内容はデマではなさそうだ」

「ミーア王女は男爵家の庶子、ロビン殿にご執心だとか。婚約者候補の筆頭、公爵令息のナゼルバート様も気が気ではないでしょうね」

 

「ナゼルバート様の生真面目さを、奔放な王女は厭っていたらしく、二人の仲は冷め切っているのだとか。彼がロビン殿を虐めているという噂もある」

「あらまあ、本当かしら。でも、政略結婚ですものね。遊びにしても、今日のパーティーまででしょう」

「そうだな、王族や貴族の義務を放棄することはないだろう」

 

 しばらくして、大々的な演奏と共に、前方の段上から噂の王女殿下が登場した。ふんわりとした白いドレスに身を包む彼女は、妖精のように美しい。ブロンドの髪には、同じく白の宝石がちりばめられている。

 

「わあ、綺麗な方だわ」

 

 ナゼルバート様と並ぶと、きっと絵になるだろう。

 ここから、主役の二人が中央に出て、大々的に婚約が発表される流れのはずだ。

 興味を持った私は、少し遠巻きで婚約発表を見守ることにする。

 

 しかし、そのあと、思いがけない事態が起こった。

 登場した王女殿下が、あろうことかナゼルバート様以外の男性の手を取って中央に歩み出たのだ。パーティー会場が騒然となる。

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