第2話 芋くさ令嬢と超重量ドレス

 王城で大々的に開かれた舞踏会でのことだった。

 第一王子は他国から妻を迎えているけれど、第二王子はまだフリーで婚約者も決定しておらず、現在も打診合戦が繰り広げられている。

 

 舞踏会は各地から令嬢が集まり、第二王子にアピールする場でもあった。

 しかし、私は王子を取り囲む輪の中には入れなかった。

 だって、あんなに目を血走らせた完全武装の令嬢と対立するなんてできない。怖い!

 それに、私が行ったところで、王子が私を見初めるなんてことは、ぜったいに起こらないはずだ。馬鹿にされるのが関の山……

 

 会場には、第二王子の婚約者として最有力候補と目された公爵令嬢だっていたし、この世の美を一身に集めた異国の侯爵令嬢もいたし、王子のお気に入りだと言われている男爵令嬢もいたし。とにかく、私の出る幕なんてないのだ。

 全身白ずくめの芋くさ令嬢に声などかけられたら、王子だって困るだろう。愛想笑いを浮かべて退散だ。簡単に想像できる。

 

 というわけで、第二王子に声をかけることさえできず、私の舞踏会は惨敗に終わったのだった。もう二度と、王城なんかに行きたくない。引きこもりたい。

 将来は、修道院にでも送ってちょうだい。頼むから。

 

「でも、お父様は諦めないよね。プライドだけは高いから」

 

 娘が結婚もせず修道院へ入るなんて、恥だと思っていそうだ。

 

「もういいじゃん、私がどこへ行こうと。弟が侯爵家を継いでくれるんだからさあ。私に何も期待しないでよね」

 

 しばらくすると、メイドたちが入ってきて私を着替えさせてくれた。

 彼女たちは、数人がかりで重いドレスを運んでいく。私、その超重量級ドレスを一人で着ていたんですけど……

 

「もう、婚約騒動はこりごりだわ。どこへ行っても、惨めな思いをするだけなんだから」

 

 軽くなった体をベッドに横たえ、枕元に置いていた本を開いた。読書は好きだ、嫌な現実から私を解放してくれる。

 家の本棚にある全ての本を、私はすでに読破していた。

 今読んでいるのは、街の本屋から取り寄せた魔導書だ。この国の人間は誰でも、一つだけ自分に合った魔法が使える。


 

 私自身は「物質強化」というショボい魔法しか使えないけれど、様々な魔法を見るのは面白い。体を小さくする魔法、逆に大きくする魔法、動物に変身する魔法、皆個性があって素敵だ。

 魔導書で現実逃避をしていると、母が私の部屋に入ってきた。ノックぐらいして欲しい。

「アニエス、今度の王女様の婚約パーティー、あなたも参加するのよ。そこで、次こそ、いい相手と婚約するの。わかった?」

「……はい」

「もう贅沢は言っていられないわ。同年齢の貴族の長男たちは、次々に婚約を成立させているんだから。あなたが不甲斐ないせいでね!」

 

 さっさと婚約を成功させたいなら、少しは協力してくれ。主にドレスとか。

 でも、母に直接訴えると、文句が三十倍返しになって襲ってくる。

 

「で、今度は誰を狙えばいいのですか?」

「ブリー子爵家の息子よ! 向こうの家はお金持ちで、エバンテール侯爵家との繋がりを欲しがっているわ」

「わかりました」

 

 地位目当ての婚約か。結婚後に浮気されるパターンだな。

 修道院のほうがいい。

 

「ドレスはまた、お祖母様のものを着ていきなさい。たくさんあるでしょう?」

「あの、昔のドレスは重くて動きづらいので、新しいものが欲しいです。高価でなくていいので……」

「まあ、罰当たりな! 何を馬鹿げたことを言っているの? ペラペラした布を使った安物を着て出歩くなんて、とんでもない! お祖母様のドレスは、今では手に入らないほど値打ちのあるものなのよ?」

 

 たしかに、母の言うとおりで、祖母が持っていたようなドレスは現在手に入らないだろう。

 値打ちのあるドレスが消滅している理由を察して欲しい。重すぎて売れないからだよ!?

 

「せめて、軽くなるようにスカート部分を改造していいですか?」

「ふざけないでちょうだい、そんな真似が許されるはずがないでしょう!? あなたの子供にも引き継いでいく大切なドレスなのに」

 

 万が一将来子供ができることになったとしても、私は超重量級ドレスによる児童虐待に加担したくはない。ぜったいに、新しいドレスを買ってあげようと思う。

 

「とにかく、今度は失敗しないでちょうだいね!」

 

 母の言葉で、私の心はズンと重くなった。

 

「いやだよう、行きたくないよう……」

 

 なんて言っても、許されるわけがない。

 私は戦々恐々としながら、盛大な婚約パーティーの日を待つしかないのである。

 


 ※

 

 そして、いよいよ王女の婚約パーティーの日が近づいて来た。

 またしても私は、もっさりと重いドレスを押しつけられ、顔をこれでもかというくらい塗りたくられ、馬車に詰め込まれたのだった。

 

 陰鬱な空模様の下、馬車は街道を走り、だんだん侯爵家が遠のいていく。

 これから、数日かけて王都へ向かうのだ。もう逃げられない。

 馬車の中で再び母の説教が始まったが、移動中は外へ出ることができない。辛い……

 王都へ到着する頃には、私はげっそりとやつれていた。

 

 エバンテール侯爵家は、王都にも小さな屋敷を持っている。数日間はそこに滞在し、屋敷から王城へ向かう予定だ。

 せっかく都会へ来たのだから、王都を出歩こうなんて考えをエバンテール家の者たちは持っていない。全員が全員、そんな浮かれた真似をしてはみっともないという考えだ。

 なので、私は街に出ることも叶わず、屋敷の中で本を読むことしかできないでいる。

 

「街へ行っても、私の今の格好じゃ浮いてしまうわよね。都会の子はお洒落だと言うし……」

 

 年頃の娘が好むような服を私は持っていない。

 行き過ぎた質素倹約や、とにかく古いものを良しとするエバンテール家では、服は全て祖母や母のお下がりなのだ。

 パーティーや舞踏会だけでなく、街でまで笑いものにされたらと考えると、黙って屋敷を出る勇気も持てない。

 そんな自分が、無性に情けなく感じられた。

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