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 キールドが白いローブを纏った者に連れて行かれたのは城内の一角に在る小会議室だった。大司祭――如何にも聖職者と言わんばかりに神々しい純白の装束を纏った五十代くらいの男――と王が上座に設けられた席に座っている。深刻そうな顔で二人は話し合っていたが、キールドの存在に気付き咳払いをしてから下座にポツンと用意された椅子に腰を掛けるように指示をした。一旦拘束を解かれながら渋々座るキールドは怪訝を露わに両者を睨む。大司祭は反抗的な態度に対して溜息を漏らして口を開く。


「キールド・フランペッツァ。神は如何なる時も我々の行動を見ており、守護天使を通じて我々をの心奥に耳を傾けてくださっている。嘘偽りは罪と知りなさい」

「能書きはどうでもよいので、とっとと本題に入ったらどうですか」

「大司祭様に何て口の利き方をするのだお前は!」


 声を張り上げる王を制し、大司祭は言葉を紡ぐ。


「お前が連れて来た娘が魔族であると、報告を受けている。キールド。真実のみを話なさい」

「其れは誤解です、大司祭様。俺は奇形を拾っただけです」

「現に彼女の歌声で多大なる被害が――」

「少なくともミシェルは俺が拾った時は人間同等の生物だった。彼女を化け物にしたのはあの女だろ。昔から言うではありませんか。憎しみが人を化け物へ生まれ変わらせる、と」

「バカめ。たかが感情一つで人が化け物になる筈がない」


 王は嗤う。冷静さを保つ為に溜息を漏らし、キールドは口を開いた。


「貴方は王である前に最低な人間である事がよくわかりました。だからドレイクの母親を玩具のように弄び、使い捨た」

「お前の母は実に多くの子を孕むできた子袋を有し、名器と称するほどにアソコの具合がよく、産まれるのはどれも男ばかりだ。其れに比べてドレイクの母は女ばかりを孕む。王位を受け継ぐ者に女は要らん。正妻ともあろう者が世継ぎを残す役目をまっとうせず側室に先を越されては顔が立たぬ。其れに奴は己の不出来を憾み、自ら命を絶ったのだ」

「俺は貴方のような父をもつ事を恥じます。そしてそんな男が選んだ女との婚姻など――」

「愚息よ。お前が幾ら物を言っても、彼女との婚姻は決定事項なのだ。そしてお前が王位を継ぐ事も、な。式は明日の昼に執り行う」

「あの女の容体は回復したのですか?」

「お前が気にする必要は何もない。安心せよ愚息よ。私が倒れるまでお前に政権を渡しはせぬ。お前は死ぬまで趣味の人形作りに没頭し、全てをお前の妻となる聡明なアレン皇国の第二皇女、ミシェル・サン・ロナウドに任せればよいのだ。そしてお前達が引退する暁には大司祭様が手を差し伸べてくださることだろう」

「俺にお飾りの王になれと? 貴方は何を考えているのです?」

「話は以上だ。時が来るまでキールドを牢に繋いでおけ」

「Sì」

「Sì」


 白いローブを纏った者が再びキールドを拘束するべく手を伸ばす。全てを振り払い其の場から逃走を試みたが、どの白よりも素早く接近して押し倒し、組み敷く者が居た。


「賢明とは言い難い行動デス」


 聞き覚えのある語尾の訛り。肩越しに振り返ると視界が滲んでいる。どうやら両目に入れていたコンタクトレンズを落としたようだ。反射的に目を細めてみても焦点が合わず白い影はぼやけた儘。数秒間呆然と眺めていると、頭部を鷲掴むように押さえていたもう片方の手が滑り、前髪を掴んでグイッと無理矢理顔が上がる。


「ミシェルサンは現在、町に潜伏中デス」


 小声が続く。


「ヘルシング卿達が捜索に当たってイルので、安心シてクダサイ」

「クソッ……!」


 パタパタと近付いてくる足音。白いローブを纏った者の一人が黒い布でキールドの両目を塞ぎ、もう一人が猿轡を装着する。タナトスが両の手首を腰のところで特殊な術式が刻まれた帯を使って拘束し、起き上がらせた。頬に当たるチクチクと硬い何かは恐らく素顔を隠す為の麻袋だろう。鼻孔に届く香りから焙煎された珈琲豆が入っていた事が想像できる。


 城の地下に在る牢獄の一室――薄暗くて定かではないが壁際の一角に棚のような何かが並んでいる――に連れてこられたキールドは麻袋をはずされ、目隠し布と猿轡からも解放されたが、立った儘の状態で壁に設置された鉄枷に両手首を拘束され背面を差し出す体勢を強要された。白いローブを纏った者達が去って数分後、やって来たのは変質者と名高い男。筋骨隆々で荒々しく、無精髭を生やした武骨な拷問官は日焼けした上半身を晒し、下半身に纏ったエナメル質の布ははち切れんばかりに膨れ上がり、膝丈のブーツは今にもファスナーが壊れそうだ。腰に下げている黒のラバー鞭を手に取り、腕を振り振り子気味よい音を立てて威嚇をしてみせた。


「いい子のように隷属するよう調教しろとの命令だ」

「お前が俺を調教? 冗談は其の恰好だけに――」


 ヒュンッと風を切る鋭い音が言葉を遮り、背中を細い物が惜し撫でた衝撃に息を詰まらせる。ジンジンとした痛みはやがてヒリヒリと焼けるような感覚に変わり、服が擦れると別の痛みを生み出した。着衣越しだというのに触れたカ所が蚯蚓腫れになっていると推測する。

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