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 其の後、二人は無事に梯子を上りきり隠された部屋に居へ。窓のない暗闇の中でミシェルは確かに魔を持つ何者かの気配を複数感じたが其れは一瞬で、カチッと何かのスイッチが押された音が小さく響き、一拍遅れでチカチカと数回点滅しながら明かりが灯る頃には無機質な気配で満たされた。壁一面に設置された棚に所狭しと飾られた死と生の狭間に居るような人型たち。少々不恰好な容姿から人間離れをした美しさを誇る容姿をもつ人型は大乗様々で、最大で一九〇を超えるであろう長身の人型もいた。其の中で最も出来が良い数体が金縁のガラスケースに収納されている。


「わぁ……凄い。ニンゲン、ではなさそうね。何かしら?」

「人形を見るのは初めてか?」

「ニンギョウ?」

「子供にできる最初の友達。ギルダ大陸では生まれた子供に人形を与える習わしがあって、世間ではそうする事で心の優しい子に育つと言われているが、元々はお守りみたいな役割があったと大司祭が言っていたのを聞いたことがある」

「お守り?」

「人の形をした物は時に持ち主の身代わりとなり災厄を肩代わりしてくれたり、天使が宿り守護してくれると信じられているんだよ。今じゃそんなの迷信だと嗤う奴も居るが、病気や怪我、厄年などの祓の儀に人形を持参してくる者はまだまだ多いな」

「信仰と共に生きているのね」

「他大陸では信仰衰退の兆しが見え始めているらしいが、俺達にとって信仰は生活の一部だからな。信じる、信じないは別として。此の世界に生きている全ての人間が、皆等しく神の守護下に居るが、実際に守護を実行するのは俺達と近い位置にいる天使一派で、天使を通じて神の加護を受けている。と言った方が分かり易いか?」

「天使は神様との仲介者なのね」

「そう言うことだ。普段俺達が信仰の対象としている守護天使は総称で、実際は国ごとに代表とされる高位の天使が一人と数百、数千、数万の部下で担当しているらしい。神の世界は縦社会で天使達にもランクがあり、其れによって守護できる人間の範囲が変わるそうだ。其の範囲と言うのは人間が持つ魂の曇りに関係があって、一定量の曇りを積んだ者は天使の加護を受けることができないと言われている。ギルダ大陸では有名な話だが――」


 いつの間にか話に夢中になっていたキールドはふと我に返り、目を点にしているミシェルに視線を向けると咳払いをしてから仕切り直し、近くにあった棚から一体の人形を手に取った。


「此れはマリオネット。此れも、見るのは初めてか?」


 首、両肩、両手、両足を複数の糸で吊られた煌びやかな衣装を纏った踊り子のマリオネット。水平式のコントローラーを手に操るキールドが浮かべる表情は無邪気で、バレリーナはまるで自らの意思で動いているように滑らかな動きをしてみせた。


「コレも、貴方が作ったの?」

「……いい歳の男が人形作りとは、やっぱり変か?」

「ごめんなさい、そう言うの、よく分からないの。でも、貴方が一番楽しそうなのはよく分かったわ」

「……人形相手は楽でいい」

「人形は喋らないものね。でも……好きな事や、やりたい事があるって、素敵ね」


 ミシェルはふんわり微笑んだ。キールドは照れるのを隠すように顔を逸らし、チラッと視線を向けて控えめに言葉を口にする。


「……君も、動かしてみる?」

「うんっ!」

「何なら一体あげるから、好きなのを選んでくれ」

「ありがとう。でも、貰うのは気が引けてしまうわ」

「俺は君にあげたいと思う。……要らないのなら、無理強いはしないが」

「欲しい。けど、あたしは何もお礼ができないから……」

「見返りなど要らない。俺はただ――」


 ただ……。と繰り返すも言葉が続くことはなく。十数秒考えた末に、ミシェルは、好きな人形を選んで構わないのね。と問いかけながら棚に近付き視線を巡らせる。金髪碧眼の人形。黒髪に緋色の虹彩をもった人形と、対になっているのか同じ顔をした白髪の髪に黒曜の虹彩をもった人形。落ち着いた茶髪に三白眼気味の人形。どれも整った顔立ちの男を模した人形ばかりだが、極め付け目を引いたのは白銀の長髪に緋色の虹彩をした冷ややかな美貌の人形だった。


「緋色の虹彩は吸血鬼の純血種だが、此れは人間と吸血鬼の純潔との間の子をイメージして作った。忌子は生まれてすぐに死ぬか、環境に適応できずに死ぬかのどちらかだと聞いた。魔界に居る異形達が此れに該当する存在だという説もあるが……実際のところはよく分からない。だが、人の姿を保てるとすれば、きっと美しいのだろうと想像した」

「……見ているのが怖いくらい、美人ね」

「吸血鬼寄りの美貌だからな」

「そう。……あ。キールド。あたし、この子が欲しい」


 煌々と瞳を輝かせたミシェルが指さしたのは、薄暗い色合いの柄布や切れ端を継ぎ合わせて作られたウサギの人形。ボタンの眼球は片方が取れ掛かり、薄っすらと退廃的な雰囲気を纏っている。もう少し可愛らしい人形を選ぶと予想していたキールドは言葉を失った。


「可愛い。実は、部屋に入った瞬間に目が合って、気になっていたの」

「そ、そうか……。なら、其れを君にあげるよ」

「ありがとう、キールド」


 とても嬉しそうな表情を浮かべ、ぎゅぅ……と大事そうに抱きしめる。キールドが小さく表情を緩めたことに気付く者は居ない。


 其れは両者にとって、とても楽しい時間となった。いつになくキールドの心は満たされ、ミシェルが笑う度に笑みが感染する。ずっとこんな時間が続けばよいのに。そう願うも、無情に時は過ぎて行く。



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