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 遠く東の空が明るくなり始めた頃になるとキールドは身分を隠した儘、また明日の夜に此処で会おうと約束を提案する。渋るミシェルに再度提案を投げ掛け、約束だから。と言い残して一度其の場を去ったキールドはミシェルが脱ぎ捨てたであろう白い靴が落ちているのを偶然発見した。溜息を漏らしながら其れを拾い上げ、踵を返して岩場へ向かう。大岩に上って身を乗り出し、おい。と声を掛けた。ビクッと肩を震わせ振り返るミシェル。表情を窺うことのできないヴェールが邪魔だと心底思ったキールドは深い溜息を漏らす。


「こんな時間まで此処で何をしていた。其れ以前に仮初めでもお前は俺の婚約者だ。身籠っている設定であることを忘れるな。そして捜索という手間を俺にかけさせるな」

「捜してくれと頼んだ覚えはないわ」

「だとしても皆の前で公言した以上、お前を手元で監視管理する必要がある」

「それは貴方の勝手であって、あたしには関係ない」

「どうせ行く当てがないのだろ? ならば俺のもとに居ればよい。お前が望むのなら成形だってさせてやる。お前に迷惑を掛けるのは重々承知しているから、お前が望む儘に贅沢をさせてやる。言ってみろ。お前は何を望む?」

「貴方に望む物など何もないわ」


 溜息交じりにミシェルは言葉を続ける。


「どんなに欲しても、貴方にあたしが望む物を用意することはできないもの」

「……お前が望む物は金で買えない物なのか?」

「よく分からない。でも、誰でも用意することができない物なのは確かね」

「……金があれば人心だろうと手にできる」

「え?」

「此の世界に金で解決しない問題は存在しない」


 今まで言い寄ってきた貴族の娘達のように。春を売る女達のように。虚構に満ちた情を売る男達のように。大金を積み上げさえすれば簡単に人の心は手に入る。


「何なら俺がお前を言い値で買い取ろう」

「最低ね」

「出会った男女が惹かれ合い愛を育む事の方が絵空事だ。俺だったら俺みたいな奴に幾ら金を積まれても心を許さない。だが近付いてくる者達は札束で殴れば自ら服を脱ぎ、命令の儘に足を開き見ず知らずの不細工野郎にだって跨り腰を振る」

「少し黙った方がよいかもしれないわ。顔の割に貴方の発言が最低過ぎて思考が止まりそう。王族だからって好き勝手すればそれなりに反感を買うし、裁かれる事だってある筈よ?」

「誰も俺を裁かない。其れに令嬢達の親も自分の娘を道具としか思っていない。多くの令嬢達が家の為に条件の良い者と婚約し、嫁いでいく。其れが役目だと刷り込まれているからな。だからあんな男女間の恋愛を題材にした本や芝居が流行るのだろう。其れが原因で駆け落ちが急増したと話題になっていた」

「……貴方は可哀想なヒトね」

「何とでも言え。どの道、お前のように醜い容姿の者は例え身体を売っても買い手が付かず、惨めに野垂れ死ぬのが関の山だろう。そうなりたいと言われたところで、事が済むまでお前を手放す心算はない」


 溜息が漏れた。


「別のヒトに頼めばよいわ」

「莫迦。俺はお前を孕ませた責任を取る為にお前と結婚すると言ったんだ。次の日に別の女を連れていたらおかしな話だろ? 其れともお前は俺が見境なく女を孕ませるような男だと言いたいのか。誰が好き好んで女を犯す。孕まれでもしたら相手の思うツボだ。連中の目的は如何に俺と関係を築いて己の立場を優位に運ぶことなのだから。所詮目当ては金なんだ」

「だとしても女性を蔑視するようなヒトだとは思うわ」

「蔑視している心算はない。言い寄ってくる割合に女が多いだけだ。たまに同性も居るが生憎どちらにも興味がない。性欲処理なら人間相手でなくとも問題ないだろ?」

「……ニンゲンの生殖事情には興味がないわ」

「なら、何に興味がある?」

「そうね……居酒屋かしら」

「お前、歳は?」

「十五になったわ」

「……なら居酒屋には連れていけない。だが酒が飲みたいのなら内緒で飲ませてやろう。美味い蜂蜜酒がある」


 ミシェルは海を眺めた儘言葉を返さない。風に揺れるヴェールの所為で表情が一切

 見えないことにもどかしさを感じながら小さく舌打ちを漏らす。もう帰ろう。そう言いかけた刹那、ミシェルが口を開いた。


「あと六日。あと六日だけ、貴方の傍に居てあげるから、其の間に事を終わらせましょう」

「何故六日なんだ?」

「あたしにも都合があるの」

「どんな都合だ?」

「貴方に関係ないわ」

「そうか」


 十数秒の沈黙を経て、帰るぞ。と言い片手を伸ばす。渋々手を掴んだミシェルを引き上げ、大岩の上から先におりて滑り降りるミシェルを受け止め、其の儘米俵のように抱き上げた。おろしてと喚くミシェルに与えた靴を其の辺に脱ぎ捨てた罰だと言い帰宅路を歩む。おとなしく担がれた儘のミシェルは火葬した白骨のように軽い。何を食べさせようかと思考が巡る。



 【約束の果てに】終


 ――――――――――

 補足


 ・キールドの口調と一人称の変化

「王子としての立場」「素」「余所行き」によって一人称とキャラを使い分けないとやっていけないです。王子としての立場の時は我が儘にならない程度に自分を殺し王子である自分を演じ、素を見せても平気な人にはどんな汚い面でも取り繕うことをせず、他人を警戒させない為に人のよさそうな自分を演じます。対人関係で躓かない為の彼なりの工夫です。そうしないと情緒が不安定になってきます。……元々情緒が不安定なので取り繕う為にそうやっている可能性が高いです。


 王子の立場→私:少々高圧的

 ネコかぶり→僕:妙に人がよさそう

 素→俺:高圧的、自己中、横暴的


 ・ドレイク・・・キールドの弟で心優しい人。兄弟からは妾の子と呼ばれ蔑まれる

      ことが多いがキールドとは最も仲がよく慕っている。


 ・赤いドレスの女・・・赤が好きな婚約者の方のミシェル。スレンダー巨乳美女。


 ・ミシェル・・・醜い容姿の少女。歌声は誰もの心を魅了する。自分嫌い。

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