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 生まれ持った優れた容姿と立場で如何なる男も、女も、手に入れてきた赤いドレスの女は双眼鏡を使い浜辺の様子を窺っていて激怒する。


「忌々しい化け物の分際で……」


 手に入れた分、捨てた者も、奪った者も数多い。常に周囲を従え中心でいた赤いドレスの女は一切の興味を示さないキールドに対して酷く憤慨してるが、其の矛先が邪魔者と判断したミシェルからブレることはなく。


「あんな化け物が、何故――」


 歌姫と持て囃された歌声では欲する者を魅せることが叶わず、本能的に完敗を認めてしまうほどに美しく、心を魅了するあの歌声が忌々しい。


「キールド王子の美貌と気品に相応しいのは、此のわたくしなのに……!」


 キールドは赤いドレスの女をより一層輝かせる為に必要な装飾品なのだ。多少性格に難があるが、掌で転がす為には好都合。好きなだけ人形作りに没頭させて、代わりに国政に口を出せばよいのだから。


「…………」


 赤いドレスの女は考えた。あの才能をどうにか自分のものに出来ないだろうかと。


「……ふふ。良いことを、思い付いたわ」


 不敵に微笑み部屋を後にする。



    ※    ※    ※



 キールドと蒼のミシェルが城へ帰ると、何やら城内の雰囲気がいつもと違い、擦れ違う誰もが表情を引き攣らせて逃げて行く。それどころか遠めでさえ視界に入ろうものなら踵を返して立ち去って行った。


「何かあったようね」

「だとしても、お前が気にする事ではない」


 キールドはミシェルを抱きかかえた儘、自室を目指す。何気なく廊下の角に差し掛かり、ふと足を止めた。どうやらメイド達が数人、話し込んでいるらしい。


「キールド様、魔に魅せられたらしいわね」

「じゃぁ、やっぱりあの蒼い髪の子、魔族なのね」

「人を食らったそうよ」

「残念。魔討で活躍するキールド様、凄く格好良かったのに……」

「そうね、あんなに凄いお方でも簡単に魔に屈してしまうなんて、残念だわ」

「化け物の毒牙に掛かったキールド様、お可哀想……」

「神の代行者に話が回るのも時間の問題ね」

「そうね」


 キールドはそっとミシェルを下ろし、気配を消してメイド達に忍び寄る。


「誰が、魔に魅せられたと?」

「きゃっ!」

「ひぃっ!」


 メイド達が散り散りに逃げることなど予想済みだったので、予め狙いをつけていた近くに居たメイドの腕を掴んで引き留め、壁際に追い遣り顔の横スレスレに手を着き逃げ道を封じ込た。赤面しながらも困惑を浮かべるメイドに対し、キールドは人のよさそうな笑みを浮かべ、口を開く。


「其の話、誰から聞いたのかな?」

「えっと……その……」

「とっとと言え。さもなくばお前の口を縫い付け、二度と喋れぬようにしてやろう」


 笑みを消しながら低く言うと、みるみる内にメイドの顔から血の気が引いていく。


「キールド、やめて」


 ミシェルを視界に入れた瞬間にメイドが小さく息を詰まらせる。


「お前は黙っていろ。ミシェル」

「彼女が可哀想だわ」

「黙れと言っているのが聞こえなかったのか」


 視線をメイドから逸らさずに言う言葉に怒気が滲む。ガタガタガタガタとメイドの両足が震えはじめた。


「もう一度訊こう。今の話、誰から聞いた? ……言わなければ本当に縫うぞ」


 ジュストコールの何処かに隠し持っていた糸の通った太い針を取り出しメイドの口元に先端を触れさせる。壁に背を預けながら滑るようにメイドが膝から崩れていくが、頭髪を掴まれては易々と座ることは叶わない。


「誰から聞いた。答えろ」


 殺気が籠る眼差しとは裏腹に、言葉を紡ぐ声音は甘く優しいものだった。


「何故、喋らない? 其れとも、縫われたいのか?」


 プツゥ……と針の先端が肌に食い込んだ。


「だっ、誰が……最初に言い出したのかは、分かりませんっ! で、でも……お、王様と皇女様がそう話していたと……聞きましたっ……」


 メイドはポロポロと涙を流して震える唇で言葉を紡ぐ。興が失せたと言わんばかりにぞんざいに頭を掴んでいた手が離れていくとペタッと床に座り込んだメイドはじわり、じわりとアンモニア臭を滲ませた体液を溢れさせていく。


「大丈夫?」


 ミシェルがメイドを気に掛けると――。


「ひぃっ、化け物ッ!」


 上ずった声で言いながら逃げて行った。


「…………」

「気にするな。ミシェル」

「……気にしていないわ。だってあたしは化け物だもの」

「…………」

「さあ、早く行きましょう。あたしは貴方を魅了してなどいないもの。神の代行者は噂程度だけれど知っているわ。早く誤解を解かないと」


 ミシェルが歩き出す。


「ちょっと待て。何処に行く心算だ?」

「何処って、誤解を解きに決まっているでしょう?」

「どうせ時が来れば向こうから俺達を呼び出すだろう。今日は部屋で休もう」

「でも――」

「ミシェル」


 腕を引き寄せ抱きしめた。


「ダメよ、放して」


 鼻孔に届く美味しそうな命の香り。


「抱き心地が悪い」

「ふざけないで。こんなことをされたら、あたし――」


 ゴクッと生唾を嚥下する。


「お前に食い殺されるのも悪くない」

「あたしは嫌よ。然も、こんな所で……。ゆっくり食事が出来ないわ」

「……其れもそうだな」


 深い溜息を漏らして歩き出す背にミシェルが続く。

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