歪んだ真珠

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 翌日の昼過ぎ。魔物討伐軍にて二軍の将を務めるキールドはヘルシング邸にて会議に出席しており、暇を持て余したミシェルはヘルシング卿の提案を受け、中庭の木陰で微睡んでいた。少し視線をあげれば会議室の様子が……。


「見える筈がないわ」


 木陰で煌めく穏やかな日差しが眩しい。今日は風も穏やかで、絶好の昼寝日和だ。


「イイ天気、デスネ」


 不意に聞こえた若い男の声。視線を向けると昨日噴水の前で会ったと思われる少年――金糸でイトスギを模した刺繍が施された純白のローブを纏い、深くフードをかぶっている――が膝を抱くように座っている。


「えっと……昨日は、助けてくれてありがとう」

「どういたしマシテ。あ、名乗るのが送れマシタ。僕はタナトスと呼ばれる者デス。あっちの方に在る、神の代行者に属している者デスヨ」

「タナトス……」


 ミシェルは其の名前を知っていた。死を司る神であり、天使であり、死其の物と呼ばれている者だ。時に死神の総称だとか、死神の長だとも人間達の間では呼ばれており、誰かがでっち上げた空想上の存在とも言われている事も知っている。


「もしもヘルシング卿が気付いているとしたら……勿論貴方もあたしが――」


 タナトスは立てた人差指をミシェルの唇に触れさせ、言葉を紡ぐ。


「死は常に生と隣り合っているノデ、分からない事など何もありマセン。デスガ、其れだとフェアじゃない。僕が生者と共存シながらモ不干渉を決めてイルのは其の為デス。デモあの時は、あまりに貴女が不憫で……」

「ふふ。タナトスさんに心配される日が来るなんて、思ってもみなかったわ」


 ヴェールの下でふんわり笑う。


「助けてもらったお礼がしたい」

「お礼、デスカ?」

「あたしに可能な事なら、何でもする」

「そうデスカ? お言葉に甘えてもイインデスカ?」

「ええ、どうぞ」

「……歌が聴きたいデス」

「こんな風に改めて言われると気恥ずかしいわね」


 深呼吸を数回繰り返し、ミシェルは深く息を吸い言葉を持たない歌を紡ぐ。澄んだ高音域の歌声は耳に心地良く……。タナトスは大きな欠伸を漏らした。


 どれほどの時間をそうしていたのか分からなくなった頃。


「……タナトスさん?」

「…………」


 薄く開いた口から漏れる、すー、すー。と等間隔で繰り返される寝息。そんな様子を眺めて気を抜いていると、ふと大きな欠伸が口に浮かぶ。


「……少しだけ……」


 幹に背を預け、瞼を閉ざす。



「…………」



 次にミシェルが目覚めた時、見知った天井が視界に映る。慌てて上半身を起き上がらせてヴェールを探すと――。


「無防備にもほどがあるだろう」


 溜息交じりに紡がれた言葉の方に視線を向けると、クローゼットの前で藍色を基調とした禁止の刺繍が華やかなジュストコールに袖を通すキールドの姿が。


「頼むから、自分に課せられた設定くらいは護ってくれ」

「……貴方に孕まされた?」

「憶えているのなら、もっと其れらしく振舞ってくれないか」


 深い、深い溜息が漏れる。


「出掛けるの?」

「不本意だがな。父上に呼ばれているんだ」

「そう。行ってらっしゃい」

「分かっているとは思うが――」

「部屋から一歩も出ない。大丈夫よ。言い付けは守るわ」

「…………」

「誰かを部屋に居れたりもしない」

「絶対だぞ?」

「ええ」

「…………」


 一抹の不安を抱きながら部屋を後にした。

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