第25話 優衣視点⑤


 お風呂に入り、身嗜みを整え、白いセーターに、橙色のコートに、デニムの長ズボン履いて、琴音の車の助手席に乗り込んだ。


 それから、車を走らせ10分程…。


 車は、ある居酒屋の駐車場に止まった。


 「ここだよ、ここに彼がいる」


 ここにいるんだ…。


 彼が…。


 「んじゃ、早速ーーお?」


 「あ…」


 初音は、無意識に琴音の服を掴んでいた。


 それに、気づいた琴音は「仕方ないなぁ」と言いたげに、優衣を抱き寄せ…震えが無くなるまで、背中を優しく叩き続けた。


 やっぱり…怖いな…。


 でも…それでも、私はこのまま終わりたくない!!


 私は帰りたい気持ちを必死に抑え…琴音を離した。


 「もういいの? 私はまだまだ優衣エネが足りないんだけど…」


 優衣エネって何? とは聞かない、だって絶対に理解出来ないのだから。


 「うん、、もう大丈夫」


 「そっか」


 残念そうにするんじゃないわよ…。


 そんな琴音を前に押し…入店する。


 琴音は周りに視線やりながら…止まった。


 「見つけた」


 そんな琴音の言葉に、心臓の音が大きくなる。


 落ち着け…大丈夫…大丈夫…私は1人じゃない…琴音が側にいてくれる…だから……大丈夫!!


 「さっ! 殴り込みに行くよ!!」


 「うん!!」


 つい、返事しちゃったけど冗談だよね?


 迷いなく進む、琴音の後ろを歩いていくと…足が止まった。


 「やほー! ! 1週間ちょっとぶりかな?」


 「あ〜そうですね、お久しぶりです。杠さん」


 そう言いながら、立ち上がる男の人には…全然気付けず、私は反対の席で酔い潰れている彼が眼に入った。


 「そして、1度電話で話した初音さんで間違いないですか?」


 そう言われて、初めて男の人に気づき…つい、癖で琴音の後ろに隠れてしまった。


 「えっと…?」


 その様子を見て、琴音は初音の頭をぽんぽんと撫でた。


 「優衣は人見知りでね、特に男の人は苦手なんだよ」


 「なるほど、そうでしたか」


 納得がいったように、男の人が頷き…財布から1万円をテーブルに置いた。


 「では、予定通り私は他の席に移動しますので…くれぐれも安曇に何か変な事をしようとしないでくださいね?」


 「じゃあ、私もそっちに行くよー! 優衣…頑張って! 思考が定まっていない今が、彼の本音を聞くチャンスだよ!!」


 え!? 琴音行っちゃうの!?


 不安が顔に出てたのか、琴音が苦笑いを浮かべ…両手で顔を挟まれた


 「にょ、にょっと! (ちょ、ちょっと!)」


 「大丈夫…優衣ならできるよ。恋する乙女は最強なんだから!」


 ニカッ! と笑い、琴音は顔から両手を離し、少し離れた席に座った。


 恋する乙女は最強か…。


 私はそうは思わない…でも、頑張ってみよう。


 私は勇気を振り絞り…彼の向かいの席に座った。


 「ねぇ…」


 「……」


 「起きて…」


 「…んぅ」


 前に体を乗り出し、彼の肩を揺すると…眼を擦りながら、ゆっくり体を起こした。


 彼は完全に酔っていて、ボー…と動かずにいた。


 いつもと違う、彼に戸惑いながらも…勇気を振り絞って口を開いた。


 「私の事…覚えてる?」

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