第5話 悪役令嬢、悪を狩る
「警備の者を置いていたはずだけれど?」
そこはだだっ広い寝室でした。
20メートル四方はありそうな部屋に、陸の孤島のように置かれた天蓋付きのベッド――血税の無駄以外の言葉がでてきません。
質実剛健を旨とするお母様がこの光景を見れば、それはそれは眉を顰めることでしょう。
「マダム? 警備の者とは外で眠っているアレ等のことですかね。もしもそうであれば、もう少し自らの命には投資された方がよろしいかと思われます」
無駄に人死にが出るのは、私の望むところではありません。
まあ、状況次第では殺すのも仕方がないのですが、今回はその必要もありませんでしたね。
つまりは、ブレイトに有効に反撃という行動を取ることができる人間――そもそもからして、その母体の数があまりにも僅少に過ぎるということなのでしょう。
「……普通じゃないということね、貴女たち」
天蓋のヴェールの中で、女が仮面を手に取って顔に装着する影が見えました。
そしてゆっくりと女はベッドの隅に移動し腰をかけたようです。
「貴女の母親――昔からアリシアは変わった噂ばかりだったもの。交友関係もおかしかったという話だし、執事が多少普通じゃなくても驚きはしないわ。ああ、ところでね……お話は変わるけれど聞いてくれるかしら? 私はこの屋敷の地下に菜園を開いているの」
「……菜園?」
「攫ってきたり、買い付けてきた人間を埋めて、首だけを出すの。それで頭蓋骨を糸ノコギリで丁寧に削って切って、中身に種を植えるのよ。死なないようにするのが大変で、収穫までには本当に苦労しちゃうのよ」
「……何を言っているの?」
「壮観な光景よ。等間隔に並んでいるのは開けられた頭――脳から直接に植物が生えているの。それでね、生えた植物を根っこごとブチブチと引き抜くとね……人間ってどんな反応すると思う? 鳴くのよ……キャインって。ふふ、キャインよキャイン……犬じゃないんだから。面白いでしょう?」
天蓋のヴェールの向こう側では、何が楽しいのかケタケタと笑う女の姿が見えました。
「……」
「見せてあげたいわ。うん、だから見せてあげるわね。貴女たちも一緒に埋めてあげる。どんな植物が良い? 野菜? 果物? それともお花?」
「なるほど、貴女が魔女に捧げている供物(ペイン)はそれ――ということなのね」
全くもって聞くに耐えないですね。
ブレイトも同感のようで、溜息と共に肩をすくめています。
「あら貴女……そんなことまで知ってるの?」
「私が見るのは菜園ではなく、貴女の血の華だけで十分よ」
「何やらお怒りの様子みたいだけれど、何が悪いというの? 貴族は平民から搾取するものでしょう? それを少し極端にしただけで――何が悪いというのです?」
「力弱き者が力強き者に蹂躙される。ええ、筋は通っていますね。ただ――ヘドが出るのです。例え貴女がイシュタルの呪いによっておかしくなってしまったとしてもね」
「これは知らなかったようね。元々イカレてる人間に殺人許可証が与えられる。それがイシュタルの呪いよ、まあ、元々のイカれ具合が増幅されるのは間違いないけれど」
さて、そろそろ良いかしらね。
これ以上、この人間と話をしていても、私の精神衛生上よろしくなさそうですし。
「ところでアリシアの娘さん? 何故、私が武闘派と思われる執事の報復を前にして、こうして平然としているか……それも知らなさそうね」
「知っていますよ。貴女は人間を辞めているのでしょう?」
「あら、不思議ね。そこまで知っていて、私に夜襲を仕掛けてくるだなんて」
お喋りが好きなようだけれど、最早、問答は無用です。
と、そこで私はパチリと指を鳴らしました。
「ブレイト――噛み殺しなさい」
「As ordered(お嬢様がそれを望むなら)」
と、同時にヴェールの中の女が異形の者へと、姿を変えていきます。
これは、邪龍の欠片の力が顕現したということでしょうね。
大きさは3メートル程度、頭部が大きく、人間の上半身くらいなら丸呑みにできそうです。
そして、次の瞬間、ブレイトと私の足元から緑色の触手――否、植物のツルが伸びてきました。
瞬く間に私とブレイトはツルに絡めとられ、雁字搦めに縛られて身動きが取れない状況になっていきます。
「どう、驚いた?」
そうして、ヴェールの向こう側から出てきたのは完全な異形。
ヌメリと粘液のテカる、四つ足の爬虫類の化け物が出てきたのです。
「脳に種を植え付けても、普通の植物だと死んじゃうでしょう? まあ、これが私の能力……そういうカラクリというわけね……なっ!?」
闇夜に煌めく剣閃――否、それはブライトの爪による斬撃です。
ツルを切り取り、自由になったブレイトは私の拘束も瞬く間に爪で斬り解いていきます。
「鋼鉄のワイヤーの強度を誇る私の植物を……切った……ですって?」
「おや、マダム? 爪と牙は当家の執事なら、必須の嗜みでございますよ」
「何です……って? 貴方も人間ではない……と? まあ、知っていましたがね」
と、同時に異形はブレイトに飛びかかっていきました。
そして、大口を開いて、閉じる。
非常に単純ですが、速度と噛力が伴えば――単純が故に必殺となります。
「貴方、魔獣でしょう? そんな凶悪な気(オド)を纏わせて人間のフリをしているものだから、笑いそうになったわよ」
口撃を横っ飛びに避け、ブレイトは地面を転がりながら受け身を取って起き上がりました。
「御明察。ただし、私は魔獣ケルベロス……神に最も近い魔獣です」
ブレイトが掌を向けると同時、異形に向かって炎が放たれました。
「ケルベロスの頭は三つ。能力も三つ。一つは獄炎ですね」
異形は前面にツルを展開させて、炎の直撃を避けました。
そうして、四つ足の利点を最大限に活かして、猛加速でブレイトに飛びかかっていきます。
「ふふ、可愛らしいワンちゃん……? もしかしてそれがご自慢の力? 当たらなければ意味がないわよ?」
ご満悦に問いかけながらの突進ですが――
――まあ、それは当然躱してきますよね
なんせ、その炎は囮(デコイ)なのですから。
「そしてもう一つは幻影です」
バクリと異形はブレイトに噛みつきましたが、噛み応えが無いと気づいた時にはもう遅いですね。
背後を取ったブレイトが、爪による斬撃を繰り出します。
異形の後ろ右足が切断。
丸太のように太い足が宙に飛ぶと同時、室内に紫色の血が舞い散ります。
そこで私は何となく、やっぱり赤い血は流れてはいないんだと……そんなことを思いました。
「ぐ、ぐがああああっ!」
「そして最後は……まあ、今回は明かすまでもないでしょう」
既に足の一本を失い、高速移動もできない状況です。
勝負あり……贔屓目はなくそう思います。が、しかし――
「残念……私、ワンちゃんにはかなわないみたいね。でも――貴女になら勝てる!」
今度は異形は私に飛びかかってきました。
そうして、続けざまにシャクリと咀嚼音。
異形が胴体に噛みつき、短剣程度はありそうな無数の牙が、内臓と骨をグチャグチャにして胴を噛み貫いていきます。
そのまま異形は頭を振って、私を吹き飛ばしました。
「あれほどの強力な魔獣ですもの……普通の使役の仕方はしていないのでしょう? 恐らくは魂を捧げる契約で魔獣縛っている――それなら、魔獣使いである貴女を殺せばそこでおしまいだわ」
ゆっくりと、異形が私に近づいてきます。
「ふふ、ふふ、ふふふ。はは、ははは! アハハハハハハっ! 綺麗よ、零れた貴女の中身、とっても綺麗よ!」
なるほど。
あまり気持ちの良いものではないだろうと思ったので、見ないようにしていました。
が、予想通りに、私の腹部は大変なことになっているようですね。
「アハハハハハハっ! ハハッ、ハハハハっ!」
笑い声がたまらなく不快で、そして愉快でした。
だから、私も思わずつられて笑ってしまいます。
「はは、はははは、あはははははははっ!」
「え? 貴女……何を笑って……?」
ゆっくりと立ち上がります。
そうして肩を鳴らして、首をゴキゴキと鳴らします。
――神性領域管理権限により腹部に完全回復魔法の行使を申請……成功
――神性領域管理権限により全身に神域身体強化の行使を申請……成功
――神性領域管理権限により悪役令嬢暗殺術使用の解禁を申請……承認
「ふふふ、だっておかしいんですもの。貴女――」
そして大きく大きく息を吸って、笑みと共に私はこう言葉を続けたのです。
「――いつから私を魔獣使いなどと勘違いしておりました? 私はお母様の――悪役令嬢の業を受け継ぎし者でございます。常日頃からお母様は私にこうおっしゃっておられましたわ」
「そんな……怪我が一瞬で……?」
「裏の顔を見せる時は――エレガントな悪役令嬢でありなさいと。口調も、立ち振る舞いも、完膚なきまでに相手を叩き潰すサマもね。つまりは――」
レベルを上げて物理で殴る。
お母様の辿り着いた、究極の闘争理論でございます。
単純が故に強力、そして単純が故に――必殺。
「――右の頬を打たれたら、左ストレートで殴り返せ。それが悪役令嬢の流儀でございますわ」
宣言通りに、左ストレート。
音速を超えたことによる衝撃波(ソニックブーム)を帯びた拳でございます。
世界樹(ユグドラシル)の幹をすら陥没させる、必殺にして渾身の一撃……耐えられるものなら耐えてみなさいな。
「グギャ……ア……ア……アヒュウ……」
まあ、ただの一撃で異形の巨体の3分の1が吹き飛んだのは――必然と言えるでしょうね。
ズシンと重低音と、そして肉片と共に、異形はその場に崩れ落ちました。
そうして、ただただピクピクと痙攣する異形に向けて、私は指を鳴らしたのでございます。
「ブレイト」
「御意のままに」
ブレイトが、異形に向けて獄炎を放ちました。
「――業火に焼かれながら、己が罪を後悔しなさいな」
そして数分に渡る断末魔の後――。
黒炭になったソレに向けて、私は「あっ」と、やってしまったことに気が付きました。
「ああ、残念でございます。仮面の下のツラを拝むの……忘れておりましたわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます