第3話 悪役令嬢、ぴょんぴょんする
サイド:主人公 エリシア=エリントン (真名:玉藻ミコト) ※ 九尾の名字が玉藻 エリントンは母の旧姓 ミコトは二人がつけた名前
さて、そろそろ使用人採用の結果発表も終えた頃でしょうか。
執務室から見える春色の空を眺めながら、ソファーで私はお気に入りのレモンティーに口をつけました。
カチャリとティーカップを皿に置き、周囲に人の気配がないことを確認します。
しかしこのソファー……やっぱり……。
ダメですね、どうにもソワソワが止まりません。
クッションを確かめるように手で触り、次に私はお尻に意識を集中します。
そう、私は基本は山育ちなのです。
叔父様のところでも、山籠もりとかそんなことばっかりやってましたので……。
ぶっちゃけ、高価な調度品で囲まれた自室というものを知らないのです。
ですから、こういう高級ソファーに座って一人切りというのは実は初めてだったりします。
「……思い切ってジャンプとかしてみましょうか」
いや、でもしかし……ジャンプはちょっと大胆かもしれません。
そう、私は帝国上級貴族なのです。そういうことになっています。
いや、事実としてそうなのですが……再度言いますが、私は山育ちです。
とりあえず、序の口編として……お尻と腰をつかって軽く浮いたり沈んたりと、上半身を弾ませてみましょう。
うわ……。
今、ぼよーんってなりましたわ。
っていうか、今、ぼよーんぼよーんってなっていますわ。
もう少し、もう少しだけ……。
大丈夫、外の気配の感じからして誰もいません。誰かに見られたりとかは大丈夫ですわ。
そ、それに……これは……あくまでも、あくまでも家具の使用感を確かめているだけなのです。
はしゃいでいない、私ははしゃいではいないのです。
「……決めました。やはり思い切ってジャンプとかしてみましょう!」
靴を脱いで、おもむろにソファーの上に乗ってみます。
こんな場面をブレイトに見られでもしたら「はしたない」攻撃を受けてしまうでしょう。
ですが、今の私は誰にも止められません。止まりません。
さあ、いきましょう! いってみましょう!
――それ、ぴょんぴょんぴょん。
あ、何か楽しいかもしれませんねコレ。
しかし、侯爵令嬢がこんなことをしているなんて知られると、他家の者や使用人がどう思うか……。
ですが、欲望は止められません。
止められません、止まりません。
今日、一回こっきり……今だけ、今だけですので。
そうなのです。
今この一瞬だけ、私は――野山を駆けまわっていた子供に戻ります。
――それ、ぴょんぴょんぴょん。
いやはや、昔にお母様とビッグスライムの上で飛び跳ねて遊んだのを思い出しますね。
叔父様ではありませんが、やはり、親も親なら子も子もということでしょう。
――それ、ぴょんぴょんぴょん。
――あ、それ、ぴょんぴょんぴょん。
楽しい……。
やはりコレは楽しいのです。
こうなったら毒皿です。
ウサギさんモードで……両手を使って耳も表現して飛び跳ねてみましょう。
――それ、ぴょんぴょんぴょん。
――あ、それ、ぴょんぴょんぴょん。
――それ、ぴょんぴょんぴょん。
――あ、それ、ぴょんぴょんぴょん。
「お嬢様、失礼します。ノックをしても返事がなかったもので」
飛び上がっていた私は、そのままソファーにお尻から着地しました。
そして、胸を張って背筋を正し、優雅な仕草で紅茶のティーカップに手を付けます。
「……」
「……」
気まずい沈黙が訪れます。
どうしたものかと、私はブレイトに単刀直入に聞いてみました。
「……見ましたか?」
「見てませんよ? お嬢様が子供みたいにはしゃいでいたところなんて」
「見てるじゃないですか。しかし貴方……気配を消して部屋の近くまで来ましたね?」
「さあ、なんのことだか?」
ニコニコ笑顔に隠された、悪魔の笑みです。
この男は主人の私にだけはこういう悪辣な笑みを浮かべます。
外面だけは良いんですよね……憎たらしい。
「……あまり主人を苛めるものではないですよ」
「……」
「お嬢様? 耳、真っ赤ですよ」
「……だから、あまり主人を苛めるものではないですよ」
「私は好きですよ、そういう……陰でこっそりポンコツなところ」
「……」
「昨晩、ふかふかのベッドが嬉しくて何度もダイブしていたところとか……私は好きです」
「アレも見てたのですかっ!?」
「耳だけじゃなくて、顔も真っ赤ですよ」
「だから、そんなこと言わなくてもよろしいっ!」
と、そこで私はコホンと咳ばらいを一つ。
どうにも、このままでは話が前に進みそうにありません。
「それでエイミー……あの子のことなのだけれど、色々と準備して頂戴な」
「はい、そう来ると思って指示伺いに参りました」
「そうですね。まずは身なりを整えさせます。美容師の手配――髪のカットと洗髪材に最高級のものを用意してください。ああ、お母様が考案したトリートメントも使用しましょう。それと……あの子に眼鏡は似合いません。視力矯正をするから秘薬の手配もね」
「他のはともかく……秘薬は予算オーバーかと」
そこで私は足を組んで、悠然たる態度で右手で髪をかきあげました。
「初期投資は大事よ」
「しかし……昔からそういうことが好きですよね、お嬢様は。ひょっとして趣味なんですか?」
「いいえ、身近にいる人間を磨かなければ、主人も足元を見られる。ただそれだけよ」
「そういうものですかね」
「そういうものなのです」
ブレイトは苦笑いしながら肩をすくめました。
「着せ替え人形的な欲求に従っているだけに……私には見えますが」
「そういう側面があることを否定はしないわ」
「否定しないのですか」
「趣味ですからね。弟をコーディネートして、昔は良くファッションショーをしていましたので」
「否定どころか、認めてしまうのですね」
そこで私は軽く溜息をつきました。
「正直な話、身近にいる者の面倒くらいはちゃんと見てあげたいのよ。それが一番の理由」
「あの子の身の上に同情されただけでしたら、過剰に保護するのは良くないかと」
言葉を受けて、私は「違うわ」と、首を左右に振りました。
「――全てには、手が届かないからこそよ。せめて、手の届く範囲には幸福にいてもらいたい、そう思うのっておかしなことかしら?」
「……」
「そう、お母様が私に目指せと言った――貴婦人のようには今の私ではなれないから」
「奥方様の叔母……アンジェリカ様。孤児院の運営や各種の慈善活動を行う名士でした……か」
「ええ、アンジェリカ様には子供の時に一度だけお会いしたことがありますが、それはそれは素敵な淑女でしたね。お母様が私に目指せというのも頷けます」
「まあ、その方ならソファーの上でぴょんぴょんはしないでしょうね」
「だから、あまり主人を苛めない!」
室内にクスクスとブレイトの噛み殺した笑いと、私が指示した内容をメモするペンの音だけが走っていきます。
そうして、しばらくしてブレイトは立ち上がると同時、こう言葉を投げかけてきました。
「まあ、思い上がりと慈悲は紙一重。与えられた令嬢という立ち場に舞い上がっているわけではない……そこだけを認識してくださればよろしいかと」
「ええ、分かったわ。あくまでも私は外面はご令嬢として振舞う……でしょう?」
「一応は、幼少の頃からそう育てられているからできるはずです。事実として、この世界で……神の血すら継いでいる貴女より尊い血筋の人間はそうはいませんから。ま、多少、山育ちが抜け切れていない部分はありますがね」
「それで……あの子は?」
「住み込みに必要な物資のリストを渡しています。支度金として金貨を渡したので……それで目を白黒させていたことを除けば特に変わった様子もありません」
「それで、執務はいつから?」
「実家に状況の説明に行くと言っていたので許可を出しました。今日は実家に泊まって明日に身支度の買い出しを終えて、それから……ですね」
「実家に説明? 律儀なことね」
「素直な良い子ということでしょう。ああ、金貨は絶対に家族に見せず、肌身離さずにするようにと厳命しておりますのでご安心を」
と、その時――ドアを叩くノックの音。
入室を許可すると、入ってきたのはメイドのマリアンでした。
「――お嬢様、お客人です」
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