舞台上の動き

「わからないんだ。今日の舞台の衣装は、役柄が、僕が依頼を受けた内容とは異なるものだから、参考にならない。それでも、何か、見つけられる違いがあるのなら」

「綾汰。試しに、私が描いてみようか?」

「え」

「図案。百合マヤの依頼に合わせた、私なりの案」


 綾汰が何か返事をする前に、藍子は鉛筆を握り、図案を描き始めた。


「これが、藍子さんの、図案?」


 出来上がったものを見て、綾汰は困惑の声を上げた。


 ほとんど模様は描かれていない。ほぼ地染めの色だけで、ワンポイントとして、胸部や太もものあたりに、流線があしらわれているだけ。

 実にシンプルなデザインだ。

 仮に思いついたとしても、普通は、実際に図案に起こすことは出来ない。やる気が無い、と依頼主に感じられても仕方がないものだからだ。


 しかし、藍子は、あえてこのデザインを選んだ。


「綾汰は見ていた? 百合マヤの演技を。どういう風に、動いているか」

「そりゃ、見てたけど、それと、このデザインと、何か関係があるの?」


 これは確かに、生の舞台を観ていないと気が付かないポイントだ。残念ながら綾汰は見落としているようだが、藍子はわかっていた。


「今日のあの人の衣装は、太もものところにスリットが入っている。で、たぶん肌色のタイツを履いているんだと思うけど、そこに三日月のマークが描かれている。パッと見は、生足にタトゥーでも入れてあるような見た目ね。その三日月のマークを、殺陣をこなしながら、要所要所で動きを止めて、太ももを露わにして、観客に見せていた。そのこと、気が付いていなかった?」

「ううん……全然……」

「百合マヤは、登場人物を演じているだけじゃない。自分が着ている衣装も含めて、どういう風に観客に見えているのか、そのことまで緻密に計算しながら、演技をしている。最も美しく見える角度、最も雄々しく見える姿勢、そういうものを念頭に置いて、自分自身の役を演じている」

「衣装の見せ方まで、考えている、ってこと?」

「そうよ。逆に言えば、『衣装が百合マヤを美しく見せる』ようなものは、彼女にとって、非常に扱いづらい。あくまでも、百合マヤが、衣装を着こなす形でないと」

「僕の考えた図案は、どれも、あの人が演じるという白雪姫をイメージして作った。どうすれば最も白雪姫を表現出来るか、そのことしか考えていなかった」

「もの作りの姿勢は、間違っていないんだと思う。作品としても、綾汰の描いたものは立派な出来になってる。だけど、百合マヤが欲しかったのは、そうじゃなかった」

「舞台で演じる時に、一番扱いやすくて、上手に見せられる衣装……それが、百合マヤが求めていたもの……!」


 綾汰は、何かを掴んだようだった。

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