幕間にて

「さあ、藍子さん。いまのうちに描いてもらうよ」


 幕間の時間を利用して、ロビーに出たところで、綾汰は藍子に衣装の模写をするよう促してきた。


「もー。せっかくいい女優さんとか出てたのに。もっと余韻に浸らせてよ」

「感想を言い合うために来たんじゃないんだ。ほら、早く」

「言っておくけど、私、綾汰に拉致されてきたようなものなんだからね。そこのところ、もう少し気をつかってほしいんだけど」

「チケット代は払ってるだろ」

「あ、そう。そういう態度なんだ。ふーん」


 立場的には、藍子のほうが強い。自分がヘソを曲げたら、困るのは綾汰のほうなのだ。


 案の定、綾汰は困ったような表情を浮かべた。


「わ、わかったよ。僕だって劇は楽しんでいるんだ、帰りの時に、感想は言うよ。だけど、お願いだから、いまは百合マヤの衣装を描いてくれ」

「頼み方が、なってないんだけど」

「……描いて、ください」


 こんな従順な綾汰の姿を見られただけでも、藍子は満足だった。

 よーし、お姉ちゃん、一肌脱いじゃうぞ、とスケッチブックを開き、鉛筆を走らせた。特徴的な衣装だったから、そのデザインを再現するのはわけもない。白黒で線を描いた末に、色鉛筆も取り出して、色付けもした。


「こんな感じ。どう?」


 出来上がった衣装の絵を見て、綾汰は、うなり声を上げた。


「わからない」

「描き方が悪かった? 別の角度から描き直してもいいけど」

「いや、たぶん、同じことだと思う」

「あのさ、今さら聞くのも遅いだろうけど、一体、綾汰は何がしたいの? わざわざ東京まで出てきて、生の舞台観て、それなのに私に衣装の絵を描かせて」

「百合マヤが、どんな衣装を求めているのか、その気持ちを知りたかったんだ」

「本人に聞けばいいじゃん」

「それを教えてくれないから、苦労してるんじゃないか。それに、たぶん、聞いてどうにかなるものじゃないと思う。作家が、その衣装を着ている相手の姿を想像して、最もふさわしい物を作り出す。そういう姿勢じゃないといけないと思うんだ」

「つまり、あの人が実際に舞台で動いている姿を見て、どういう衣装なら似合うか、それを確認したい、っていうことなのね」

「最悪、映像を見ようかとも考えていたけど、たまたま、生の舞台を観られるチャンスがあったから」

「で? 私に描かせたのは、どういうこと?」

「率直な、藍子さんの見解を聞きたい。この百合マヤの衣装と、僕の図案、ギャップはなんだと思う?」


 綾汰は、これまでに提出してきた図案を、三枚出してきた。

 それらの図案と、舞台の衣装デザインとを見比べて、藍子はその違いを見出そうとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る