斬鉄女王
「綾汰はやらないの?」
「出来なくはないけど、僕よりも、藍子さんのほうが得意だろ、こういうのは」
「まあ、舞台で長時間ずっと観てたら、いやでもデザインとか記憶するとは思うけど。ちょっと遠いかも」
ギリギリの当日購入の席だから、観客席の最後方となっている。
「オペラグラスはちゃんと持ってきた。とにかく、これは重要なことなんだ。前半が終わる頃には、描いてもらえたら助かる」
「インターネットで衣装の写真くらいあるでしょ、探せば。それじゃあ、ダメなの?」
「ダメだ。単純に写真で見るだけじゃなくて、加賀友禅の勉強をした藍子さんが、一度脳内に記憶した後、絵として起こすから意味がある。もの作りの観点で変換された形で、百合マヤの衣装を写生してもらう必要があるんだ」
「とにかく私は、遅くとも幕間の時に、百合マヤの衣装を描き写せばいいのね」
「頼む」
ちょうどその時、開演を報せるブザーが鳴った。
舞台が始まった。
この世界とは違う世界の物語。中世日本を模したような「ワノクニ」に、産業革命によって機械の力を得た大国が攻め込んでくる中、斬鉄の力を持つ女王が敵軍を迎え撃つところから、話は始まる。
さっそく百合マヤ演じる「斬鉄女王」が登場した。
激しいロック調の音楽とともに、豪奢な衣装に身を包んだ女王が、堂々とした足取りで舞台中央に仁王立ちする。
敵将の号令に合わせて、機械化兵達が左右より襲いかかるが、身を翻した斬鉄女王は、攻撃をかわしながら、刀でバッタバッタと敵を斬り伏せていく。
(あの人、殺陣までやれるんだ⁉)
藍子は意外に思った。映画では大人しい女性の役が多く、アクション映画に出ていたこともないから、てっきり戦闘シーンなんて演じられないと思っていた。
ところが、舞台上の百合マヤは、もう四〇代半ばであることも感じさせないほどに、華麗に、軽やかに、刀を振り回している。まるで本物の達人のように見えた。
その中で、藍子は、百合マヤがある一定の法則性に基づいて動いていることに気が付いた。それは、衣装との関連性だ。胸部は華やかな刺繍が施された振袖風の意匠でありながら、腰部より下はスリットの入った艶やかで色香のあるデザインとなっている。その衣装に合わせて、ちゃんと動きを考えているようだ。
(なるほど、そういうことね)
物語を楽しみつつ、しっかりとその全てを目に焼き付けた。
やがて、斬鉄女王の出番は終了した。敵軍との戦いの中で行方不明になった女王。そして次々と現れる、次世代の姫達。ワノクニが蹂躙され、滅びの道を辿ろうとしている動乱の中、ある者は女王を探し求め、ある者は女王の後継者を名乗り、ある者は自分の手で女王を殺そうと目論んでいる。
メインとなる姫七人が出揃い、それぞれの運命が交錯しようかという予感を漂わせたところで、前半は終了した。
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