白雪の結晶
その後、後半パートを観終わり、千秋楽の挨拶が始まったところで、綾汰は藍子を無理やり引っ張って、ロビーへと出た。
「ちょっと、せっかく役者さん達が挨拶してるのに!」
「申し訳ないと思うけど、この機会を逃すわけにはいかないんだ」
綾汰はスケッチブックを開き、図案を描き始めた。ベースとなるのは、先ほど藍子が描いたものと同じだが、綾汰が描くのはひと味違う。
藍子が水を象徴する流線を描いていたのに対し、綾汰は、同じ箇所に、雪の結晶を描いた。定規も使わずに、正確に、形の整った結晶を表現する。
「ねえ。夜叉ヶ池は、私も内容知ってるけど、雪の結晶って変じゃない? 白雪姫は水の化身みたいな人であって、名前にこそ『雪』って入ってるけど、さすがにこれはアレンジが効き過ぎじゃ……」
「だからこそ、だよ。原典を知らない人は、この衣装のデザインで、より一層キャラクターの名前を憶えやすくなる。原典をよく知っている人は、今の藍子さんと同じ感想を抱いて、それだけに強いインパクトを伴う。あとは、他の作品のイメージだ」
「他の作品?」
「映画でも、舞台でも、夜叉ヶ池は何度も題材となっている。そこでは、白雪姫は絢爛豪華な衣装を着ていることがほとんどだ。だからこそ、差別化が必要になってくる。これまで、誰も見たことがないような、新しい白雪姫像……!」
やがて、デザインは完成した。
「楽屋へ行く。今から百合マヤに会ってくる」
「えええ⁉ 大丈夫なの⁉ だって、楽屋って」
メインとなるヒロイン七人を演じた女優達は、超人気清純派女優や、元アイドルの女優等、世間ではよく名の知られている人達ばかりだ。当然、警備も厳しいはずだ。
「やめなよ、怒られて追い返されちゃうよ! 日をあらためて、図案を提出すればいいじゃない!」
「こっちから百合マヤとアポを取るのは、まず不可能なんだ。それこそあの人は忙しいから。それに、もう明日からでも作業に取りかからないと、納期に間に合わなくなる。今日、この場で、図案を見てもらうのが一番手っ取り早いんだ」
「だからって、え、ちょ」
止める間も無く、綾汰は楽屋のあるほうへと向かった。慌てて藍子は追いかける。
関係者以外立ち入り禁止の区域へ入ろうとしたところで、警備員に止められた。
「ダメだよ、ここから先は一般人は立ち入り禁止だ」
さすがに警備は厳重だ。警備員が二人も立っている。
「ねえ、やめようよ。まずいって」
藍子が止めても、綾汰は気にかけない。
二人の警備員を相手に怯むことなく、胸を張って一歩前に出て、高らかに名乗りを上げた。
「上条綾汰が来た、と百合マヤさんに伝えてくれれば、わかります」
「悪いけど、我々は取り次ぎはしていないんだ。事前に許可証を発行された人でなければ、通すことは出来ない。帰ってくれないか」
呆気なく、弾き返された。
微妙な空気が流れた。
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