天啓

「いえ。漆器については、あまり勉強してこなかったので」

「だったら、いま、憶えておくんだ。そもそも漆を塗るということは木材を半永久的に生かすことなんだ。木材もまた呼吸をしている。しかし、何も加工せずに剥き出しのまま器として使えば、すぐに劣化して、息絶えてしまう。漆は、そんな木材を、呼吸させつつも、外部のダメージから保護してくれる。それは機械による量産品ではまず再現できない。漆器というのは、ただの食器ではない。一種の、生き物だ」

「使う人それぞれに寄り添う、本来食器としてあるべき形のもの……まさに人々の生活の中で生き続ける道具、ということですね」

「俺は、何もお人好しな考えから、土産に何か持たせようと考えているわけではないんだ。ちゃんと、上条綾汰、お前さんに合っている物を渡すことで、輪島塗の良さを真に知ってもらいたい、そういう想いがあってのことなんだ」

「わからないのは、そこなんです」

「どこが、だ?」

「お土産云々の話はよく理解出来ました。そういうことなら、お言葉に甘えようかな、って思います。ただ」

「ただ?」

「それよりも知りたいのは、もの作りの秘訣、です。正直、こういう手間暇かけた工芸品は、作り終わってから、実際にその人の手に渡るまで、どれだけ使い勝手がいいかどうかなんて、わからないわけじゃないですか。それなのに、人の生活に寄り添う形で、しっかり機能する物に仕上がっている。一体、どういう工夫をすれば、そこまで使い心地のいい物が出来るんだろう、って……」

「一概に、どう、とは言えないが」


 大護はしばらくの間考えていたが、やがてひとつの答えを出してきた。


「やっぱり、自分の作品を使う人の姿を思い浮かべながら、作っていくのが、一番効果があるかもしれないな」

「使う人の、姿……?」

「飾り物であったとしても、必ず、何かしらの用途はある。その時、その場面で、俺が作った物はどういう形で使われているのか、そのことを念頭に置いておくと、作り方にも違いは出てくる。漆の塗り方ひとつ取っても、使い手を意識する、しない、でかなりその出来映えは変わってくるものなんだ」


 大護が語っている間、綾汰は虚空を見つめながら、何かを考えているようだった。


 急に反応が無くなったことで、大護は怪訝そうな表情を浮かべた。横で様子を見ていた藍子は、さすがに黙っていられず、綾汰に声をかけようとしたが、


「そうか、そういうことだったんだ! 僕はバカか!」


 急に、綾汰が頭を掻きむしりながら大声を出したので、「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。


「お陰様で、わかりましたよ! 僕は肝心なことを見落としていた! ああ、畜生!」

 綾汰は地団駄を踏みながらぼやきつつも、ポケットからスマホを取り出し、何かを調べ始めた。

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