ヒントを求めて

「僕は、別に」

「せっかくここまで来たんだ、隠す必要もないだろ。正直に答えてほしい」

「違うんです。僕は、ただ」

「例の、百合マヤの案件か」


 図星を突かれたようで、綾汰は口答えするのをやめた。黙り込んでしまった、その態度が、何よりも真実を雄弁に物語っている。


 失踪した、と聞いた時から、藍子は状況を察していたが、どうやら綾汰は本当に百合マヤの依頼の件で苦しんでいるようだ。


「何度、図案を出しても、その先の作業に進ませてもらえないんだ」


 絞り出すような声で、とうとう、綾汰は素直に話し始めた。


「どれくらい書き直しをさせられている?」

「四回……いや、五回だったかな」

「その数は尋常じゃないな。何か、お前さんが根本的に間違えているんだろ」

「普通は、そこまで、書き直しを求められないと……?」

「当たり前だ。相手のニーズを聞き出し、それにもとづいて案を作る。どんな仕事でも基本中の基本だ。四度も五度もやり直しが必要になるなんて、ありえない」

「依頼者のほうに問題がある、ということは考えられないでしょうか」

「仮にもクライアントの悪口は、絶対に言うな。本当にそうだったとしても、だ」

「すみません。そんなつもりは無かったのですが」

「気持ちはわからないでもない。ただ、繰り返しになるが、それだけの回数やり直しをさせられるということは、そもそもスタート地点がおかしい、ということになる。向こうの依頼内容は、ちゃんと理解しているのか?」

「舞台の衣装、ですね。それと、泉鏡花の世界観に基づいた演劇であり、白雪姫という『夜叉ヶ池』に登場するヒロインを百合マヤさんは演じる、と聞いていますが」

「で、それに対して、どういうコンセプトで図案を作った?」

「もちろん舞台で映えるように、ということを考えて、デザインしました。『夜叉ヶ池』自体も読み込んで、津波や、吊鐘や、その他にもモチーフとして使えそうなキーワードは、全て図案として組み込んでいます。これ以上は思いつかないくらいに、やれることは全てやって、色々な案を考えました。だけど」

「全部、駄目だったと?」

「ええ。何が気に入らないのか、まったくわからない。ここ一週間は、福井県に行って、本物の夜叉ヶ池も見てきて、スケッチまでしたけど、たぶん無駄な努力だったと思う。もう、何を描いても、僕の提案が通るとは思えない」

「ううむ」


 大護は、天井を仰いだ。喉の奥からうなり声を上げる。ある程度職人歴を積んだ彼でも、この一件は、どうすれば解決するのか見当もつかない様子だ。


「……ちょっと、町へ行ってみるか」

「輪島の、町ですか?」

「本当はこれから仕事に入るところだったが、しょうがない。少しくらいは付き合ってやる。ここで結論の出ないことを話し合っているより、うちの店でも見ながら話をしたほうが、何かヒントになることでもあるかもしれない」


 綾汰は、藍子の方を見てきた。珍しく、弱りきった目をしている。


(判断求められても困るんだけどな~)


 と思いつつも、十数年ぶりに弟らしい仕草を見せてくれたことに、ちょっとした喜びを感じながら、


「いいんじゃない? 行ってみようよ」


 笑顔で、促してみた。


 藍子に後押しされて、ようやくその気になったか、綾汰は大護に向かってペコリと頭を下げた。


 こんな風におとなしくしてくれていたら、可愛いのに、と藍子はほほ笑んだ。ようやく、こんな遠くまで来た甲斐があった、と思えるようになってきた。

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