藍子の技
「そんなパフォーマンスには惑わされないよ? 藍子さん、まだ下絵も描いてないじゃないか。図案だって無い。こんな状態で、彩色をする気?」
「時間は取らせない、って言ったでしょ」
冷たい声音で、ピシャリと、藍子は言い放った。
「いいから、黙って見てなさい」
自分がこれからやろうとしていることは、伝統的な友禅の技法に真っ向から喧嘩を売るようなやり方だ。
たぶん、綾汰は怒るだろうし、伝統にこだわりを持つ大護もまた、不愉快に感じることだろう。
でも、構わない。
今回、大護に自分の作品を見せないといけない、という流れになった時から、すでに藍子は覚悟を決めていた。
自分にやれることは何か、を考えると、最大のパフォーマンスを発揮するには、加賀友禅の技法にこだわっていたのでは、かえって良い作品は作れない。
躊躇はしていた。もはや加賀友禅とは呼べない、邪道の技を使ってもいいものかどうか。だけど、綾汰がこんな風に邪魔をしてくるのであれば、もう手段を選んではいられない。
(よく見なさい! これが私の全力よ!)
筆先に青花の染料をつけ、生地の上に直接、下絵を描き始める。
図案なんて見ない。藍子の頭の中には、すでに千を超える図案が詰まっている。ただそれを生地の上に再現するだけだ。
机の上に広げた生地に、隙間無く、コースター大の下絵をどんどん描いていく。見る見るうちに、十数点もの下絵が出来上がった。
「だけど、糊置きもしていないのに、ここからどうする気なんだ? まさか……」
綾汰のつぶやきに合わせるかのように、藍子は、彩色筆を手に取った。
染料の入った小皿へと、筆を浸し、そこから一気に、まずは一番左上の図案に取りかかる。
糊置きが施されていない状態の生地に、直接、色を差し始めたのだ。
「ば、馬鹿な! そんなことしたら、色が滲んで、大変なことに」
綾汰が驚くのをよそに、藍子は次から次へと筆を変えながら、下絵に色を差していく。染料を乾かす時間すら取らない。たった一度のミスも許されないというのに、臆することなく、細かい模様の絵に色付けしていく。
たった二分ほどで、一つの絵が完成した。艶やかな色の紫陽花が、そこには描かれている。
驚異的な技術だった。色の滲みはおろか、隣り合った色同士が混ざり合っている形跡すら見られない。糊置きで染色したのと変わらないクオリティで、藍子は、友禅絵を作り上げてしまった。
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