追い詰められた末に
「そもそも、今回の話は、ちゃんと報酬も発生する立派な仕事だし、クライアントは伝統産業である加賀友禅に対する期待を込めて、依頼してきている。本物の作家でもない藍子さんに、下手な作品を作られたりしたら。加賀友禅のブランドに傷がつく。僕としては、放っておけるわけがないだろ」
「だからって、こんなやり方」
「仕事を奪われるのが怖いの? だったら、僕よりもいい作品を作ってみせればいいじゃないか。ほら、せっかく道具だって貸してあげたんだから」
もう、何も言い返せない。
綾汰が自分にぶつけてきた言葉は、辛辣であるが、至極もっともなことだ。事実、本物の作家でもない藍子には、反論できない。
「星場さんはどう思います?」
綾汰の問いに、大護は、しっかりとうなずいた。
「俺自身も職人であるから、今の話は、非常によくわかる。だからこそ、俺も彼女の物作りを一度見てみたい、と思っていたわけだからな」
大護の発言に、綾汰は満足げにうなずくと、今度は玲太郎へと目を向けた。
「桐谷さんはどうされます? あなたが望むなら、今すぐにでも、僕は仕事を請け負いますけど」
「僕は……」
玲太郎が、答えようとした。
その時、藍子の中で何かが弾けた。
「待って! 答えを出すのは、私の作品を見てからにして!」
このままでは終われない。
何も出来ないまま、弟にチャンスを奪われてしまうなんて、そんなのはいやだ。
「藍子さん、諦めなよ。今から作品を作っていたら、時間がかかっちゃうよ。出来上がるまで、この人達に待ってもらうつもり?」
「そんなに待たせない」
藍子は、強い口調で、そう返した。
みんなは顔を見合わせた。
綾汰が持ってきた友禅の作品は、彩色まで済んでいるものだ。そこまで仕上げるには、相当の時間を必要とすることくらい、友禅のことはあまり詳しくない玲太郎だって知っている。
どういうことかと見守っていると、藍子は、机の上に、自分が持参した生地を広げて、さらに染料の器も並べ始めた。
一枚の小皿に、下絵用の青花を置き、水で溶いていく。それが出来上がったところで、今度は彩色用の色作りに入る。
その手際の良さに、ついつい、全員見とれてしまう。
「これは……⁉」
本職の友禅作家となった綾汰ですらも、絶句している。
小皿を七枚用意し、それぞれに、染料を移していく。一度原色を入れた後、さらに他の染料を混ぜ合わせて、色を作り上げていく。
藍子の頭の中には、もう、色のレシピが叩き込まれている。
どの色とどの色を組み合わせれば、思い通りの色が出来上がるか、わかっている。さらに、そうやって混ぜた色同士を、さらに混ぜることで、いかに色に深みを出すか、そこまで計算して作っていく。
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